第一章


「そっか、俺の事がそんなに好きなのか」
「はい。死んでもいいくらい大好きです!」
「おい! 一億円といい、なんかすごい大げさだな」
 俺が揶揄してもノゾミのロックオンした目は、真剣そのもので隙がなく、俺に圧迫感をヒシヒシと与えてくる。
 何かの勝負を挑んでいるくらいに俺に迫ってくるものを感じ、この俺が愛の告白で一瞬でも怯んでしまった。
 素直にその負けを認めると、力が抜けるようにふっと息が漏れた。
「わかった。面白そうだ。付き合ってやるよ」
「えっ! ほ、ほんとですか。本当に私と付き合ってくれるんですか?」
「ああ」
「あ、ありがとうございます」
 力を出し切って突っ張っていたノゾミの緊張が解け、涙腺が崩壊していた。
 思いっきり涙を流して、体を震わせて全力で喜んでいる。
 漫画で表現できるくらいの、大げさな泣き方だった。
「おい、泣くことないだろう」
「いえ、嬉し泣きです。もう思い残すことがないくらい、ハッピーなんです」
「お前さ、かなり感情的だな。セリフも大げさ過ぎる」
「はい。一生懸命になるってすごく大切なことなんだってわかったから、思いっきり私は感情を伝えたいです。後悔のないように」
「一生懸命……後悔のないように……」
 なんだかもやっとして、俺は自分が責められているような気になってくる。
 悲観的な俺には、ノゾミのこの言葉が妙に突き刺さる。
 どうせ──
 俺なんて──
 そんな言葉が先にでては運が悪いと、抗えないものに屈服する方が多い俺には、勇気を出してまっすぐと突き進んでくるノゾミに圧倒されまくりだった。
 付き合うと言ってしまったが、このまま彼女に促されてやり込められるのもなんだか癪だった。
「で、早速だけど、俺と一緒に帰る?」
「は、はい! お、お願いします。隣に立ってもいいですか?」
「いいけど」
 身長180cmの俺の傍に、ノゾミが立つ。
 大体160cmちょっとくらいか。
 ノゾミは遠慮がちに妙に緊張して、まだ顔を真っ赤にさせたままだった。
 恥ずかしそうに、無理をしているが、それでも怖気ずに俺に近づこうとしてくる。
 俺の顔もまともに見れずに俯き、息をするのも辛そうになっていた。
 俺が歩き出せば、同じように歩調を合わせて隣にピタッとくっ付いてくる。
 俺に合わせて歩くのに必死になって、まるで離れまいとしているコバンザメのようだった。
 暫くそんな感じで歩いていたが、周りの女子達が俺たちを見ながらコソコソ何かを話しているのが目に付いた。
 自分でいうのもなんだが、学校ではそれなりに知名度はあるし、告白される事も後を絶たなかったが、基本取っ付きにくい雰囲気を持ち、愛想も悪いから女と一緒に居るところは稀といってもいい。
 別に何を言われても気にしないが、俺もまたおかしなことになったもんだと、変な気分だった。
 あれだけ、俺に究極の愛の告白をしてきたノゾミだが、本人は黙りこくったまま、ひたすらぎこちなく俺の隣を歩いているだけだった。
「あのさ、なんか話せよ。自分の事とか、一億円の事とか」
「あっ、あの、私、その」
 すでに燃え尽きてしまったのか、会話が弾まない。
 あれだけ派手にやっておきながら、急に尻すぼみになっているノゾミは、路頭に迷った子猫のように戸惑っていた。
 戸惑うのは俺の方だっていうのに。
「それじゃ、趣味はなんだ?」
「えっと、お、お菓子、つ、作りです」
「お菓子作りって、何が作れるんだよ」
「クッキーとか、ケーキです」
「曖昧だな。それってあまり作ったことなくて適当に言ってるんだろ」
「いえ、そんな事ないです。小さい頃から作ってました。その、あの、将来はパティシエになりたく…て…」
 ノゾミは急に黙り込んでしまった。
「どうした。自信なさそうだな」
「いえ、そうですね。やっぱり諦めた方がいいかな」
「おい、俺に全力で告白してきた奴のいうセリフか。一生懸命に、後悔のないようにするんじゃなかったのか」
「あっ、はい、そ、そうでした」
「だったら、俺になんか作ってこいよ。それで美味しいかどうか俺が判断してやるよ」
「えっ、いいんですか? はい、作ってきます!」
 また急にスイッチが入ったように喜んでいる。
 目を輝かせて俺を見上げ、希望に燃えているではないか。
 生き生きとしているその表情は、名前のごとく、望みが叶ったとてもいいたげだった。
「だけど俺、あまり甘すぎるのは嫌いだからな。それと、結構味にはうるさいから、お世辞なんか言わないぞ。覚悟して持って来いよ」
「えっ、あ、はい。わかりました」
 急に怯えだした。
 俺もちょっと意地悪だったかもしれない。
 どこかで、こいつの前だと、俺に惚れてるのをいいことにそれを利用して、俺様を演出している自分が見えてくる。
 こいつはきっと、俺が何を言おうが、どう振る舞おうが、俺の言いなりになるのかもしれない。
 自由に操れる女。
 まるでおもちゃのように、俺はノゾミを見下ろした。
 三ヶ月という期限付きではあるが、いちおう俺の彼女になってしまった。
 今日という日から、計算すればその頃はちょうど7月の中旬を過ぎたあたりとなる。
 夏休みが始まる前くらいで終わるのか?
 こいつは一学期が終わったらどこかに行くのだろうか。
 まさかパリにお菓子留学か?
 真面目に緊張して歩いている様子から、一体何を考えているのか、俺には全く分からなかった。
 俺が付き合うと承諾した以上、今更撤回も男らしくなくてかっこ悪い。
 ならば、こいつの望む通りに俺も演じてやろう。
 なにせ一億円なのだから。
 だがその時がくれば、こいつは本当に1億円を俺に払うのだろうか。
 そんなの無理に決まってるのに、なぜ故にそんなことを言い出したのか、その理由を俺は突き止めたくなった。
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