第四章


 電車に乗り、賑やかな市内へと繰り出してノゾミに連れられて行った先には、すでにセイが待っていた。
 駅の構内の人通りの慌ただしさの中、学ランの胸元のボタンを一つ外した首元から白いシャツを覗かせ、大きめのスポーツバッグを肩に掛けて、通行人の邪魔にならないように壁際で立っていた。
 世の中に不満を持ってるようなふてくされた顔。
 だがそれが、とても子供っぽくて痛い奴に見えるところが、あか抜けてないと思わせる。
 そのくせ背伸びをして粋がっている。
 心の内が複雑で、精一杯反抗しようと抗っているようにも見えた。
 箍(たが)が外れば、切れやすく暴走し、この年代によくある危険な分子を秘めている。
 例えるなら、苛立ちを抱えた狂気を隠し持ったような少年。
 自分が弱いから、武器に頼って、気に入らないものを切り付けそうに、虚勢を張る。
『セイ君にはどうか気を付けて下さい』
 ノゾミが言ったその言葉は、理由もなく刃向うその性格を意味しているのだろう。
 俺が近づけば、セイの目はますます鋭さを帯びて行った。
「セイ君、待った?」
「ああ」
 嫌味っぽく返事したその矛先は、俺に向けられていた。
 おいおいと思いつつ、俺はとりあえず愛想よく挨拶した。
「よぉっ」
 セイは俺をこの上なく睨んでいる。
 余程俺の事が気に入らないらしい。
「お前が俺に会いたいっていったんじゃなかったのか?」
「ふん」
 そっぽを向きやがった。
「セイ君」
 ノゾミが窘めると、セイは顔を歪め下を向く。心なしか体が震えていた。
 感情を押し込め、区切りがついたところで、セイはまた俺と向き合った。
「お前の事を知るべきだと思った」
「おい、仮にも俺は年上だぞ。いきなりお前はないだろう」
「何が年上だ。俺より早く生まれただけだろうが」
「だからそれを年上というんだが」
「ふん」
 またそっぽを向いた。
 ノゾミはハラハラしてやり取りを見ていた。
「ねえ、お腹空かない。セイ君はもう昼ごはん食べた?」
 セイは首を横に振っていた。
 そういえば、昼飯がまだだった。
「じゃあ、なんか食べに行くか?」
 俺が言うと、セイはまた俺を睨んだ。
「昼飯なんてどうでもいい。天見嶺、俺と勝負しろ」
「はっ? 勝負?」
「そうだ」
「一体何の勝負だよ」
「俺とお前のどちらが優れているかだ」
「お前、そんなに悔しいのか」
 ノゾミを他の男にとられて、釈然としない男のヤキモチ。
 それを指摘すれば、セイはさらに逆上した。
「うるさい!」
 その後は語彙があまりないのか、言いたい事を言えずに口をわなわなさせて震えていた。
「セイ君、落ち着いて。天見先輩はセイ君が思っているような人じゃない。とてもいい人」
 今にもとびかかりそうなセイの腕を取り、ノゾミがなだめた。
「こんな男のどこがいいんだよ。なんでノゾミはこいつが好きなんだ?」
「えっ、それは、その、あの」
 今度はノゾミがうろたえた。
 俺の顔をちらりと見れば、また真っ赤になっていく。
「俺を納得させるために無理してるだけじゃないのか」
 セイの言い方も気になるが、ノゾミはそれを遮るように吠えた。
「好きだから好きなの! 私は何と言おうと天見先輩が大好きなの!」
 感情が爆発し、言い切った後は息をぜいぜいと切らしていた。
 そんなに力んで言わなくても、通りすがりの人たちがじろじろと俺たちを見ていた。
「おい、ノゾミ、落ち着け」
「あっ」
 ノゾミは恥ずかしさのあまり急に萎んでいくように見えた。
 しかしノゾミの本気さはセイに伝わり、そしてこの俺にも届いていた。
「そこまで言い切るのなら、俺が見究めてやる。そうじゃないと、俺はあの時の感情に飲み込まれそうだ」
 セイの目は鋭さを見せ、俺に挑んできた。
 俺自身、本当は大した男ではないのはわかっている。
 ノゾミにここまで惚れられてるのも、面映ゆい。
「そこまでいうのなら、俺がノゾミに相応しい男かどうか判断してくれ」
 俺の言葉に静かに耳を傾け、セイは「ついて来い」と歩き出した。
 俺たちはその後を追う。
 何が始まるのか、とにかくセイの挑戦を受けて立つつもりでいた。
 しかし、この時俺の腹の虫がグーッと鳴って騒いでいた。
 まずは何か食べたい。
 しかし、それを口に出せないほど、セイは速足でツカツカと前を突き進んでいた。
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