第四章


 セイに連れられて来た場所は、雑踏のごちゃごちゃした街の中で、緑の自然が突然降ってきたように、憩いの空間が広がる公園だった。
 自由に散歩できたり、駆け回ったりして人も犬も鳥も集まってくる。
 天気がいいこの日は、健康的な場所として清々しく目に映った。
 その一角にバスケットゴールが備えられ、セイはその下で肩に掛けていたスポーツバッグをおろし、そのジッパーを勢いつけて引いた。
 中からはオレンジ色でお馴染みのバスケットボールが顔を出し、それを手にしてセイは俺を睨んだ。
「な、なんだよ。バスケでもするのか?」
 俺が唖然としているその目の前で、セイは真剣な眼差しを俺に向ける。
「そうだ。1ON1だ」
 一対一でバスケをするのはわかるが、一体これに何の意味があるというのだろうか。
 俺はまだ首を傾げてキョトンとしていると、バスケットボールが勢いついて俺に飛んできた。
「おい、いきなり投げるなよ」
 条件反射でしっかりと掴んだが、その衝撃に少しドキッとして驚いた。
 その間にセイはストップウォッチを取り出し、手元でピッピと操作をし、それを俺に突き出して見せた。
 デジタルの数字が『5:00』となっている。
「5分間の勝負でどちらが多くボールをシュートするかの勝負だ」
 セイは一方的に試合を押し付ける。
「俺とバスケ? なんで?」
「だから勝負と言っただろ」
「でも、いきなりバスケで勝負って、それになんの意味があるんだ?」
「つべこべ言わずに勝負しろ」
 セイはストップウォッチをノゾミに渡し、そして学ランを脱いでスポーツバッグの上に落とした。
 俺はまだよくわからないまま、ボールを持って突っ立っている。
 その傍でノゾミがおろおろとしていた。
 セイはゆっくりと俺に近づいたかと思うと、いきなり俺が持っていたボールをはたく。
 それは地面に打ち付けられ、ポンっと勢いよくバウンドする。
 そのすぐ後、セイは素早く動いてそれをさらに打ち付けてドリブルし、リズミカルにゴールに近づいてレイアップシュートする。
 ボールはきれいにゴールを潜り抜け下に落ちた。
 セイはそれをまた手にして、俺に挑む目を向けた。
「今のは練習だ」
 少し意地悪く微笑んだ顔は、自信たっぷりだと言わんばかりだった。
 油断していたが、セイの動きはバスケットに慣れているものを感じた。
「バスケット好きなのか?」
 俺の質問には答えなかったが、その代わりボールを投げてよこした。
「とりあえずお前も練習してみたらどうだ?」
 再び力強く俺に向かってきたボールをがしっと手にし、俺は少し楽しい気分になっていた。
「そっか、バスケか。実は俺も好きなんだ」
 肩に掛けていた鞄を俺は足元にどさっと置くと、その場から動かず、ゴールに向けてボールを投げた。
 それはきれいな弧を描いてゴールの中へと吸い込まれていった。
 ボールが落ちて数回バウンドしているさ中、さっきまで余裕たっぷりに微笑んでいたセイの顔が急に強張った。
 ボールだけがコロコロと転がり、その場の雰囲気が凍りつく。
 もっともそれはセイが固まったように動かなくなったことからそう感じた訳だが、俺にとっては面白さが増していた。
 学校ではきっと、セイはクラブ活動か何かでバスケが得意だから勝てる自信があったのだろう。
 俺を甘く見過ぎていたと、今は感じているのかもしれない。
 ノゾミが気を利かしてボールを拾いに行き、この場をどうしたらいいのかわからなくて落ち着かずにいた。
「まだ俺とバスケの勝負をしたいかい?」
 俺の言葉にセイは我に返り、先ほどよりもさらにきつく睨み返してきた。
「もちろんだ」
 スポーツを通して本気になろうとしている男の表情は、俺は嫌いではない。
 そのひたむきな一生懸命さに俺は憧れを抱く程だ。
 セイはまだ幼げな表情を残しつつ、勝負に挑むその力強さを通して、男らしさが出ていた。
 本気で俺に挑んでくる殺気が感じられる。
 俺に負けたくない意地がヒシヒシと伝わり、俺も手を抜かずに真っ向からぶつかろうと決め込んで制服のブレザーを脱いだ。
 ノゾミがちょこまかと俺に近寄ってきたので、俺は足元の鞄とジャケットを彼女に渡し、それと引き換えにボールを受け取った。
「それじゃ勝負といくか」
 俺の掛け声で、ノゾミはストップウォッチに手を掛けた。
 その後、俺たちの邪魔にならないよう、適度に距離を開けた場所に佇み、荷物を足元に置いて行く末を見守る。
 その時、ノゾミは不安で俺のジャケットを強く抱きしめているように見えた。
 セイと俺は所定の位置で向かい合う。
 俺がボールを真上に投げたのを合図に、それは始まった。
 ノゾミもその時、ストップウォッチを押した事だろう。
 その瞬間から、小刻みに秒が流れ出す。
 5分間の勝負。
 背が高い俺の方が先に落ちてきたボールに手が届き、すぐさま奪い取ったが、セイはそれを見越していたのか、積極的にボールを取りにはこなかった。
 それが意外だったから、「あれっ?」と拍子抜けしてペースが乱れ、隙が出来てしまった。
 気が付けばセイが俺が手にしてたボールをはたいて奪い取り、すぐさまゴール目掛けていた。
 いとも簡単にそれはゴールを潜り、あっという間に一点取られてしまった。
 最初は俺に容易くボールを取らせ、油断させたところを狙ってきたのだろう。
 まんまとひっかかったことが俺のプライドを傷つけた。
 セイはここで自信を取り戻し、俺に勝てるとその目を光らせていた。
 俺もうかうかしてられない。
 身長さがある分、俺の方が有利だと無意識に思っていたが、セイはちょこまかと動いて俺の動きを良く見ていた。
 俺が左右に向きを変えてドリブルをすれば、しっかりと俺に食いついてくる。
 緩急をつけても、その速さに合わせている。
 俺はにやっと笑う。こういうタイプはフェイントに弱い。
 俺は勢いつけて抜くぞとドリブルを見せかけ、右に動くフリをしてそこで一瞬動作を止めれば、セイは素直に反応してそれについてきてしまい、勢い余って前のめりにバランスを崩していた。
 その間に俺はセイのディフェンスを潜り抜け、ゴールに向かってランニングシュートを決め込み、余裕で一点を入れた。
 セイは特に何も言わなかったが、じっと俺を睨みつけている。
 転がってきたボールを手にしたとたん、腹立たしげに強く地面に投げつけた。
 その勢いのまま俺に迫ってくる。
 俺も気の抜けないものを感じ、通してなるものかと次第に熱くなっていた。

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