第四章


 俺たちは無心になってボールを奪い合い、ひしめき合いながらどちらもシュートを決めようとする。
 ゴールの近くでは、背の高い俺のディフェンスに邪魔され、セイはシュートを決められないでいた。
 だが諦めず、食いついてはチャンスを窺い、ミドルレンジからシュートを試みる。
 それが決まると、今度は俺がすぐさまボールを奪いオフェンス側になり攻める。
 俺もまた負けてはいない。
 セイのディフェンスをかいくぐって、俺もシュートを決める。
 どちらも引けを取らずに常に同点に追いつき競り合う。
「残り10秒、9、8……」
 ノゾミがカウントダウンを始めた。
 この時点でどちらも5点を入れていた。
「7、6、5……」
 ボールを持っていた俺は、残り数秒に掛けて、ボールを放り上げれば、それはクライマックスに相応しくシュートが決まり、そしてそこでカウントダウンが終わった。
「……1、0。試合終了」
 ノゾミが告げた後、ゴールを潜ったボールは地面に落ちて数回バウンドし、転がった。
 俺が一点多く入れた事で結果的には勝ってしまったが、喜ばしいというより、楽しく遊べたという充実感の方が強かった。
 セイは俺よりも背が低く、年下であるにもかかわらず、俺と全く引けを取らずにプレイしていた。
 はっきり言って俺の方がやばかったかもしれない。
 セイは力み過ぎた事が原因で、ミスが多く、俺よりもシュートを決めようとした回数は多かったが、それが上手く決まらなかっただけだった。
「いい試合だったよ。シュートが確実に決まってたら、セイの方が勝っていた」
「慰めなんかいらない」
 セイは悔しさをにじませ、怒り口調になって吠えていた。
「おいおい、そんなに怒るなよ。たかが一点違いなだけじゃないか」
「それでも負けは負けなんだ」
 セイの体が震えている。
「俺に勝ってたらお前は満足したのか? だったらもう一度勝負するか?」  
「もういい。 何度やっても俺はお前に負けるんだ。そういう風になってるんだ」
「ちょっと待てよ。何をそう悲観してる。俺はセイとこうやってバスケが久しぶりにやれて楽しかったと思ってるくらいだぞ。勝ち負けなんかどうだっていいよ」
 セイは困惑して俺を見ていた。
 どこかで何かに葛藤し、自分でもわからないままに見失って、俺の前で泣きそうになっている。
 悔しい気持ちと勝ち負けにこだわらない俺との間で、羞恥心を感じているようにも思えた。
 俺に勝ちたいと意地になったものの、持って行きようのない感情を抱えて処理に困っている様子だった。
 ノゾミもまた不安げな瞳をセイに向けて見ていた。
 近寄っていいものか、そっとすべきなのか逡巡してこの行く末を見守っている。
 こういう場合はどうすればいいのか慎重になっているとき、俺の腹の虫が騒ぎ出した。
 派手に鳴ったお蔭で、その場の空気が変わった。
 俺は腹を抑えながら苦笑いになってしまう。
「参ったな。なあ、お前たちも腹空かないか? なんか食べに行こうぜ」
 俺はノゾミからジャケットを受け取り、それに袖を通すと、同じようにセイも学ランを着ていた。
 どこからともなく吹いて来た風を頬に受け、俺たちは一言もしゃべらず、歩き出す。
 公園に植えられた木々の新緑のつややかな照りと、白い雲が流れる青い空は、この日を一層爽やかに見せていた。
 少なくとも俺はいい汗掻いた気分になっていた。
 自然と微笑んでいたのだろう。
 振り返ればセイと目が合い、セイは戸惑ったように慌てて顔をそむけていた。
 
 俺たちは買い物客が集う賑やかな場所に来て、ショッピングモールの中にあるフードコートにやって来た。
 それぞれ食べたい物を買い、テーブルを囲んでいた。
 俺は中華料理屋のセットもので、チャーハンに餃子と唐揚げが付いていたものを購入。
 セイも俺と同じものだった。
 ノゾミも雰囲気に飲まれたように、単品でチャーハンを購入していた。
「なんだよ、俺たち全員チャーハンか」
 お皿に盛られた三つの山がテーブルに並んでいる。
 それが俺には仲良くおままごとしているように見えて、妙に面白かった。
「私、火力が強い鍋で作ったチャーハンが好きなんです。ぱらっとしてて、それでいてご飯はふわっとしているような。味も、チャーハン食べてるっていう気分になって美味しく感じるんです」
 地味にグルメなノゾミに俺はつい微笑んでしまう。
 その俺をセイはじっと見つめていた。
「俺もチャーハンは好きだ。やっぱり餃子と唐揚げがついてくると、なんか組み合わせに魅力を感じる。野菜不足なのがちょっとアレだけどな。セイも、チャーハン好きなのか」
「……うん」
 まだ俺に心を開いてないから、答えるのに葛藤している様子だが、返事が返って来たから、少しは柔軟になったようだ。
 俺が「いただきます」と言えば、ノゾミも同じように言った。
 遅れてセイも小さく呟く。
 学年も違うし、普通なら全く交わりのない俺たちだが、この時はすでに親しい間柄のように、丸いテーブルを囲んで食事をする。
 周りには小さい子を連れた親子や俺たちと同じように友達同士のグループ、一人で食べてる老年配や学生など、様々なジャンルの老若男女が食事をしていた。
 ガヤガヤと雑な慌ただしさの中で、俺たちは静かに食事する。
 あれだけ睨みを利かしていたセイもまた、チャーハンの前では穏やかにもぐもぐと食べていた。
 時折、俺と目が合うと顔が強張って、食べにくそうにしている。
 どちらもお互いが気になってしまい、無意識にしょっちゅう目が合ってしまった。
 俺たちが同時に唐揚げにかぶりついている時、ノゾミがそれを見ていた。
「二人とも、食べ方がシンクロナイズしていて、そっくり」
 口をもごもごさせていた俺とセイは、どう反応していいのかわからず、お互い顔を見合わせながら咀嚼した。
 飲み込む瞬間まで息ピッタリと合っていた。
 ノゾミが楽しそうに笑うから、俺もついつられて笑ってしまう。
 その俺の笑顔に、セイは益々戸惑うようだった。
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