第七章
3
母はここの焼き菓子を購入しては、一緒に仕事してる看護師たちに配っていた。
自分も好きだというのもあったが、控室に置いておくと、同僚たちにも好評で、忙しい合間のエネルギー補給や一息にもってこいだと、利用していた。
ノゾミの父親が店を持つ前、移動販売車で販売していたのを、母が偶然食べた事がきっかけで、それ以来店を構えた今でもずっと利用しているらしい。
そんな接点があったとは知らず、とても不思議な縁を感じた。
志摩子は、のんびりとした口調で話をしながら、飲み物の用意をしてくれた。
通されたリビングは、インテリア雑誌に載るようにおしゃれにコーディネートされている。
部屋はシンプルでいて、それが計算されたような纏まり感があった。
ソファーの前のローテーブルに、ミントの葉をちょこんと乗せたアイスティが置かれた。
薦められたので、遠慮なく手にして飲めば、トロピカルな味がした。
またそれをテーブルに置けば、そこには卓上カレンダーが置かれ7月31日の所に赤丸がついてあった。
なんの日だろう。
おれがそれを見ていると、志摩子はさりげなく教えてくれた。
「その日はノゾミの誕生日なの」
「7月31日が誕生日なんですか」
俺は確認する。
「天見さんは12月25日よね」
なんでもお見通しだと言わんばかりに、志摩子は笑っていた。
母が教えたのだろうが、一度聞いたら絶対に忘れないだろう。その日はイエス・キリストの誕生日でもあるのだから。
こんな日に生まれたせいで、クリスマスと誕生日を一緒に祝って、プレゼントも重なるから、子供の頃は損した気分だった。
大きくなるにつれ、どうでもよくなってきたけど、できるなら関係ない日がよかった。
そんな事を言えば、志摩子は笑っていた。
「ノゾミも夏休みは友達に会えないから、祝って貰えなくて面白くないって子供の頃言ってたわ。そんな日に産んでごめんなさいって言ったら、それ以来言わなくなっちゃったけど」
「産む方は大変ですもんね」
「母親にとって、子供の誕生日って案外、親が、生んだ日の事を思い出して大変さを振り返り、大きくなった我が子を喜ぶ日なのかもしれない。何歳になったというよりも、産んでから何年経ったっていつも思っちゃう。もうすぐまたあれから16年経つのね。早いわ」
今も出産時の事を思い出しているのか、俺の向かいに座って微笑んでいた。
その後、ピーピーとアラーム音がなると立ち上がり、キッチンの方でごそごそしていた。
俺はその間、辺りを見回していた。棚の所に写真が飾ってあるのに気付くと、俺はすくっと立ち上がり、それを見に行く。
そこには小さい頃のノゾミがユメと手を繋ぎ、両親に囲まれて、遊園地の乗り物を背景にした写真が飾られていた。
いい写真だと俺は素直に思った。
その同じ棚の所にノートサイズのスケッチブックが置かれている。
それを興味深く見ていると、志摩子がサンドウィッチを乗せた皿を手にして現れた。
「それ、ノゾミのスケッチブックなの。見る?」
志摩子は手にして、俺の前にそれを掲げた。
俺は再び席に戻り、志摩子に勧められるまま、「いただきます」と、サンドウィッチを食べだした。
外はこんがりとやけ、中はレタスもトマトもハムも入っていて、そこにとろっとチーズが溶けた、アツアツのホットサンドだった。
これが美味しかった。
それを食べながら、俺はノゾミのスケッチブックを見せられている。
1ページ1ページ、志摩子が説明を挟みながらゆっくり捲っていた。
それはノゾミがデザインしたケーキの絵だった。
どれもおいしそうに、きれいに描けている。
さすがイラストレーターの母の血を引いているだけ、上手い。
父母のどちらの才能も貰っているのもすごい。
「食べたいケーキがあった?」
「どれもおいしそうです。絵も上手いけど、ちゃんと使う素材の事も考えていて、細かく書かれて、研究に打ち込む姿勢が違いますね」
「そうなのよ。だけど、ここ最近、デザインしてないの。お菓子作りもトーンダウンしたようになってるの。テレビのグルメ情報でケーキが出てきてもスルーしちゃって。昔は食い入るようにみてたのに」
詳しい状況が分からなかったが、俺とセイの間で悩んでいたのかもしれない。
「ちょっと忙しかったんじゃないですか?」
当たり障りのないように適当に答えていた。
そんな時、やっとノゾミが帰ってきた。