第八章
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通夜は夕方からだと聞いていたが、次の日、俺は学校の帰りに家を訪ねてしまった。
それがどれだけ非常識であっても、礼儀を弁えろといわれても、どうでもいいというくらい、ノゾミに会いたかった。
まだこの時点では現実味を帯びてなかったが、葬儀の飾り付けが目に入った時、押しつぶされそうに怖くなった。
関係者の人たちが黒い服を着て出入りしている。
俺は遠慮もなく、ドアが開きっぱなしの玄関へと向かった。
誰かが対応してくれたおかげで、志摩子と会う事ができ、志摩子は丁寧に挨拶して、俺を歓迎してくれた。
「来てくれたのね。ノゾミも喜ぶわ」
辛いだろうに、俺には笑顔を見せていた。
いつものほんわかとした優しさがそこにあった。
部屋の奥。
シンプルでいてコーディネイトされていた素敵な部屋は、全く違う悲しみの部屋に変貌していた。
ノゾミは布団に寝かされて、顔に白い布を掛けられている。
志摩子はノゾミの傍で正座して、そして布を取り除いた。
青白く、冷たく横たわるノゾミはただ眠ってるようにしか見えなかった。
俺は呆然としてしまい、発狂して大声を上げそうになるのを必死でこらえて震えていた。
後ろから誰かが肩に手を置いた。
振り返ればノゾミの父親だった。
いつもはコックスーツを着てパティシエそのものの姿なのに、黒いスーツをまとっていると、ただのサラリーマンに見えた。
「天見さん、色々とノゾミがお世話になりました。ありがとう」
嗚咽を堪えて必死に俺に語りかけていた。
俺は何も言えなかった。
力なく、ノゾミの傍に座り込み、俺はノゾミの顔を見つめる。
付き合ってる間、キスの一つもできなかった。
それ以前に俺はノゾミと接している時、まともに名前すらちゃんと呼んでなかった事に気が付いた。
「ノゾミ」
もっともっと優しくしてやればよかった。
今頃になって後悔が募る。
後ろで誰かが俺の事をコソコソと話している。
「あの男の子誰? ノゾミちゃんの彼氏なの? うそ」
親戚なのだろうけど、肉親と違って悲しみの度合いが薄そうだった。
その親戚でもない赤の他人がここに居ればもっと迷惑になる。
俺は、ノゾミの父と母に深く頭を下げ、感謝の意を伝えて立ち上がる。
この時、俺はまだ泣いてなかった。
泣けなかった。
玄関先で、ユメとばったりあった。
「あっ、天見君」
ユメは頬がこけてげっそりとしていた。
一緒に外に出て、少しだけ話をした。
お互い気を遣いながら、言葉が訥々していた。
「……だけどなんだかあの子さ、この事を予測していたかもって、なんか思えちゃって」
「えっ」
「急に一緒に旅行しようって、言いだして、しかも自分は学校を休んでまででしょ。私にも有給を取れってうるさかったし。ノゾミがそこまで私に我が儘いう事
なんてなかったから、今までの罪滅ぼしもあって、行ってきたけど、今思ったらあまりにもタイミングがよかったって思えてね。ほんの偶然なんだろうけど。ま
さかこんなにあっけなく逝ってしまうなんて」
ユメは泣き出して、ハンカチで目を押さえていた。
ユメはどこかで理由をつけてノゾミの死を受け入れようとしている──少なくともこの時俺はそう思っていた。