第十章


 星が瞬く夜が始まったが、その光を打ち消すくらいの回転灯の派手な光が、あちこちでチカチカとデスモンドの特別研究施設で騒がしく光っていた。
 そこには連邦捜査局、特殊部隊、地元の警察組織等が入り込み、騒然として戦場のごとく殺気立っていた。
 それを背景に、アレックスはダニエルと向かい合い、無事に救い出せたことを喜びつつも、素直にそれが許されることではないために、深く陳謝しては、この重みに耐えられない様子だった。
「ダニエル、長い間不自由させて申し訳なかった」
「私の事は気にしないで下さい。あなたには過去に助けられた恩があります。これで返せたのなら本望です」
「過去に私が助けた?」
「いえ、気になさらないで下さい。それは私の中でのことです」
 ダニエルとアレックスも過去に出会い、その時からの縁が続いている様子だった。
 アレックスは深くそれを追求しなかったが、ふと思い当たることがあり、それは気がつかぬフリをする事にした。
 過去にもそのように済ましていたからだった。
 そこにライアンが現れた。
「親父、エレナはどうした?」
「ハワードと一緒にヘリで病院に向かった。安心しろ、彼女なら大丈夫だ」
「そっか」
「お前も肩を負傷している。早く手当てをしないと」
「ああ、そうだな。あっ、そうだ、親父、さっきはかっこよかったぜ。なぜ母さんが仕事をしている親父が好きって最後に言ったのか、よくわかったぜ」
 アレックスは何も言わなかったが、少し照れくさく、暗闇の中、どこからか照らされる光を浴びて、口元が上向いていた。
 ダニエルは、アレックスとライアンが親子だと知り、またここで感慨深く二人を見ていた。
 ライアンがエレナと関係していたことは、それもまた運命を感じられずにはいられなかった。

 デスモンドの施設はこの時とばかりに捜査の手が入り、慌しく人が行き交いしている。
 これ以上自分には関係ないと、ライアン達にはどうでもいいことのように思え、無感情でその光景を眺めていた。
 だが一つだけ気になったのは、Jがあの後どうしたかだった。
 負傷しているし、これだけの捜査員が入れば逃げる事も難しいだろう。
 エレナの問題はこれで解決し、後は警察が好きなように動けばそれでよかった。
 その後、ライアンが耳にした情報によれば、Jらしき男が顔をぶち抜かれて施設内で見つかったとあった。
 知りすぎていた男なだけに、デスモンドによる口封じの線が濃い。
 Jの事も、終わった後では正直どうでもよく、それを聞いてもライアンは何も思わなかった。
 ライアンは騒然としている施設を尻目に、病院へ向かうマイクロバスに乗り込み、その場を後にする。
 カイルもまた黙り込んでそれを見ている。
 アレックスも後の事は残ってるものに任せ、ダニエルを無事に病院に連れていくために皆と一緒に乗り合わせた。
 疲れているのか、誰も一言も喋らなかった。
 そんな静かなバスの中で、静寂さに耐え切れなかったのか、ダニエルが思い立って独り言のように話しだした。
「この事件の一番の責任は私にあります。エレナは実は私の本当の娘ではありません。エレナの父が、飛行機事故で亡くなり、その後、母親もエレナを産んです ぐに亡くなりました。私はエレナの母親を愛していました。それは決して報われることのない愛でした。しかしエレナの出生証明書を作るとき、たまたまそこに 居た私は嘘を報告しました。父親の名前の欄に私の名を伝えたんです。エレナの母親を愛するあまり、エレナを自分の子供と思い込もうとしました。しかしそれ が間違いだったのです。 エレナの本当の父親の事も知らせずにいた私に、神がこのような罰を与えられたのです」
「ダニエル一人が責められる事ではない。私にも責任はある」
 アレックスも言葉を発した。
「アレックス、あなたも充分苦しまれた。私が連れ去られた日に、危篤の奥様を放って来なければならなかった事も知っています。あなたは責められません」
 ここでライアンは初めてこの事件が、自分の母親の危篤の日に起こったことを知った。
 父親が抱いた板ばさみにライアンは今更ながら理解を示し、荒れていた頃の自分を恥じていた。
「いえ、ダニエルは私と出会ってしまったばかりに、全ての歯車が狂ってしまった」
「私はそうだとは思いません。それを言うなら私があなたに出会ってしまったからというのが正しいでしょう」
 どちらも相手を庇い自分のせいだと言う。
 その気持ちも、ライアンは理解できた。
 だが、ここで敢えて口を挟んだ。
「俺は、もうどっちのせいでもいい。とにかく終わったんだ。皆これで自由になれる。それでいいじゃないか」
 その言葉はダニエルの心に深く沁み込んだ。
 沢山のものを犠牲にしてきたのは確かだが、責任問題よりも、終わった今を喜ばずして何になろうか。
 アレックスも、息子が言った事に対して、救われる思いだった。
 罪悪感が薄れては、ライアンの理解が嬉しく思えた。
 また静寂さに包まれ、皆自分の心の中で、この事件について様々なことを考えていた。
 色々な思いが交差する中、再びダニエルが口を開いた。
「アレックス、一つお願いがあります。どうかレイの事は穏便にしてやって下さい。あの子はエレナと私を助けるためだけに、デスモンド社の悪い組織に入っ て、内側から情報をコントロールしていました。時々あなたに私の情報が耳に入ったのも、彼があなたに連絡を取ったからです。彼は組織に信用されるために悪 事を犯してしまったかもしれません。しかし彼は常に私達に協力してくれてました。彼は私が集めたデスモンドの悪事の証拠をもっています。それと引き替えに どうか情状酌量してやってくれませんか」
 今一番自由にならなければならないのはレイだった。
 この責任が自分のせいだとお互いを庇うのなら、巻き込まれたレイを助けるのも必然の事のように思われる。
「親父、俺からも頼む。アイツは憎たらしく腹立つ奴だけど、あいつには恩がある。奴が腹を撃たれたのは、オレを助けるためだったんだ」
 ライアンも頼みこんだ。
 アレックスは深く考え込み、言葉少なく「全力を尽くす」とだけ言った。
 病院に着くまで暫くの間、マイクロバスは再び静寂となり、夜の暗闇に揺れていた。
 ライアンとカイルは、それぞれ前後の窓際に座り星空を眺めていた。
「カイル、なんだか俺達冒険した気分だよな」
「ああ、本当だ」
「お前なんか、スパイに見えたぜ。堂々とした態度で正面から入ったり、飛行機操縦したりすごいじゃないか」
「ライアンこそ敵に乗り込んで行ったり、肩を負傷するくらいの危険にあって、まさに怖い物知らずの一匹狼ってとこさ」
 カイルも負けじとそう言うと、ライアンは俯き暗い顔をした。
「俺、結局何もできなかったよ。エレナを守る事も、肩を撃たれたときも恐怖でパニックに陥った。レイがああなったのも俺のせいだ。俺情けねぇよ。その点レイはすごかった。あいつにもしもの事があったら、俺一生自分が許せねぇ」
 ライアンが握り拳で前の座席にパンチを一つ入れた。
「多分レイは、エレナの事が小さい時からずっと好きだったんだろう。エレナはどうだったんだろう。レイがエレナにとって初恋だったとか考えられるかもな」
 カイルの言葉でライアンはレイが言った言葉を思い出す。
『お前の事が好きだったんだよ。ずっと昔から』
 ライアンはまた必死に昔の事を思い出そうとしたが、エレナに会った記憶は何一つ思い出せなかった。
 しかし、今更そんな事を思い出しても意味がないと思ってしまった。
 ライアンが黙り込んだので、カイルもまた暗い外に視線を向けた。
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