第二章


 ポートの家は少し小高い丘に位置し、辺りは森林に囲まれていた。
 こじんまりとした木造の平屋で、玄関先にはポーチがあり、そこにはロッキングチェアーが置かれて、ポートはよくそこに揺れながら座っている。
 元庭師な事もあり、暇さえあれば、自分の庭の手入れをし、この時期もラッパ水仙やチューリップの花など、春の花が咲き誇っていた。
 特に裏庭は薔薇が沢山植えられていて、ローズガーデンと呼ぶに相応しい。
 薔薇の季節にはまだ早いが、それらが一斉に咲いた時、ポートの庭は美しく輝く宝石のようになる。
 エレナとカイルがポートの家に来た時も、ポートは表庭の草花の手入れをしているところだった。
 車が近づいてくる気配を感じ、ポートは作業していた手を止め、手についていた土を軽くはたいた。
 家の前に車が止まって二人が降りてくると、ポートは満面の笑みを向けて歓迎する。
「よぉ、仲良くお二人さんでご来場かい」
 二人一緒にやってきたことがとても嬉しい。
「ポートさん、僕達に一体何の用なんですか」
「まあ、カイル、まずは家に入れや。そう慌てるな」
 ポートは意味ありげにカイルに笑みを向けた。
 カイルは頭に疑問符を浮かべ、エレナと顔を見合わせる。
 エレナもわからないと首を傾げていた。
 ポートに案内されて、家の中に入ると、チョコレート色のラブラドールの犬が、尻尾をはちきれんばかりに振って出迎えてくれた。
 カイルとエレナに交互に激しく纏わりついてくる。
「ジョン、久しぶりだな。よしよし」
 カイルは頭を撫ぜてやった。
 そこで満足すると次はエレナのところにやってきた。
「ジョン、わかったって。落ち着いてよ」
 エレナは屈み込んで、ジョンを抱きしめた。
 ジョンが嬉しそうに鼻を鳴らしてエレナの愛情に応えていると、カイルは羨ましいとつい思ってしまった。
 その間、ポートは部屋の奥に入って、そして中から箱に入った沢山のリンゴを持ってきて、床に置いた。
「二人を呼んだのはこれを施設に持っていって欲しくてな。知り合いのリンゴ園から貰ったんじゃ」
「そんな事なら、エレナを呼ばなくても僕一人だけで用事が済んだのに」
「いや、エレナを呼べばお前が喜ぶと思ってな。少しでも二人きりにさせてやりたくてな。まあ今日は二人でお出ましだったし……」
 またニヤリと微笑んだ。
「えっ、僕のため?」
 カイルはドキッとした。
 確かにそれは嬉しい。
 施設に行けばエレナと会う機会はあっても、常に子供達が集まって来るので二人っきりになる事は難しかった。
 こういうことでもなければ、エレナと二人だけで会う事は皆無に等しい。
 ポートからはっきりとした意図を本人の前で言われて、カイルは一瞬焦ったが、これは自分の気持ちに気がついてもらえるチャンスでもあった。
 恥かしがってもいられない。
 却っていい機会となり、これで少しは意識してもらえるかと期待してエレナに振り返れば、エレナはまだジョンとじゃれて話を全然聞いてなかった。
 これはダメだと、露骨にがっかりし、ポートと顔を見合わせた。
 エレナのタイミングの悪さと、鈍感さは今に始まったことではない。
 ことごとくカイルは何かに邪魔される運命を感じるくらいだった。
 幼い頃から一緒に居すぎていて、カイルの存在自体が空気になっているのも悪かった。
「もたもたしてるとエレナを誰かにとられちまうぞ」
 カイルに耳打ちしたポートの言葉は耳に痛かった。
 エレナを見つめながら、カイルは不安になっていた。
 視線を感じたエレナはやっとここでカイルに振り向いた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ」
 消極的なカイルがもどかしいとポートは肘で軽く突いていた。
「カイル、しっかりしろ」
「ああ」
 自分でもどうしようもなく、つい苦虫を噛んだような顔になっていた。
 そんなカイルの表情にも気がつかず、エレナは沢山のリンゴがあることに気がついて、リンゴに気を取られてしまった。
「まあ、すごいリンゴの数」
 カイルとポートは二人で顔を見合わせ、エレナのマイペースさに少々呆れ気味になっていた。

 ポートはこの後ゆっくりして欲しく、二人をもてなそうとお茶に誘うが、カイルはそれを断った。
 カイルにはちょっとした予定があり、あまり時間がとれないでいた。
「もうちょっとゆっくりして欲しかったんだが、忙しい時にすまんかったのう、カイル」
「いえいえ、お気遣いなく。ここにエレナと来れただけでもよかったですから。エレナと一緒に過ごせるのも僕には貴重だから」
 カイルにとっては本心だった。
「一緒にカイルを交えてお茶でも飲みたかったから無理に来てもらったけど、エレナも来てすぐ帰ることになってすまんかったのう」
「気にしないで。私もここに来れてよかった。ジョンに会えたし」
「えっ、ジョン?」
 カイルとポートは再び二人で顔を見合わせてしまった。
 ジョンは呼ばれたと思って、またエレナの側に寄ってじゃれ付いた。
 エレナはそれを嬉しそうに相手していた。
「カイル、これは手強いぞ」
「わかってますって、ポートさん」
 ポートは励ましの意味で、カイルの肩を叩いていた。

 カイルがリンゴを車の後ろに積み終わり、自分も車に乗り込もうと運転席に回りこんだ。
 ポートはカイルに近寄り、車に先に乗り込んでいたエレナをちらりと見てから言った。
「これは一筋縄ではいかんかもな。カイル、とにかく自分をアピールしろ。ただ告白するだけでは、エレナの心が掴めないかもしれないぞ」
「ええ、わかってます。だから今度デートに誘おうかと思って」
「いや、それも充分じゃないかもしれないぞ。エレナはきっとデートとは思わないでお前さんと会うと思うぞ」
「でも、気持ちを盛り上げて、いい雰囲気に持っていけば」
「いや、あのエレナには難しそうじゃ。それにお前さんはそういうのが苦手だろ。絶対失敗するぞ。それよりも、もっと気合を入れて、真正面から直球を思いっきり投げるんじゃ。回りくどいことしても無駄だ」
「直球を投げるって、一体どうやって」
「とにかく断れない状況を作って、真剣勝負になるってことかな」
「断れない状況……」
「そのためにも、カイル、お前もそれなりの覚悟がいるぞ。いつものような態度ではダメだ。男らしくそこは力んで踏ん張れよ」
 ポートから背中をバシッと叩かれ、カイルは前につんのめっていた。
 カイルはポートの言葉を気にしながら、車に乗り込み、そしてクラクションを一つ鳴らして去っていく。
 カイルがエレナに告白して上手くいくことを願いながら、ポートは車が見えなくなるまで見送っていた。

 デートに誘って、雰囲気を作るくらいでは効果がないとポートに言われ、カイルは悩んでいた。
 二人で楽しい時間を過ごせば、エレナもその状況に酔ってくれないものだろうか。
 それよりもその前に、果たして自分がそんな酔いしれるほどのロマンティックな状況が作れるのだろうか。
 カイルは自信がなくなってきた。
 この調子ではデートをしたところで、いつもと変わらないままで終わるのが目に見えてくる。
 まず自分が強気にならなければダメだった。
 自分を奮い起こすためにはどうすればいいのか。
 カイルは自分なりにけりをつけようと考えてみた。
 何かのきっかけがあれば自分も踏ん切りがつけるかもしれない。
 突然思い立って、カイルはこれだと閃いた。
「なあ、エレナ。僕、今大きな仕事を任されてるんだ。この仕事をきっちりこなして親に認められたら自分にもケジメをつけようと思ってる。これが成功すれば誰も文句言えずに、自信もつくと思うんだ。その時君に話したいことがある」
「私に話したいこと? 何かしら」
「それはそのときに必ず言う。だからエレナも真剣に聞いて欲しいんだ」
「わかったわ。じゃあそのときに必ず聞くね」
──もう後には引けない。エレナに気持ちを伝える。こうすればきっと仕事にも精が出て成功する。まさに背水の陣だ。少々賭けじみているが、これぐらい真剣 勝負を決め込んでやった方がいい。仕事に成功したら、自信がついて勢いがでる。そしてエレナに告白する。いや、好きだと告白するだけじゃなく、結婚も申し 込んでやる!
 カイルの体から力が漲って来た。
 そして、もう一つ、大切なことをエレナに話さなければならなかった。
 それもようやく話せる踏ん切りがつくかもしれない。
 カイルが言いたくても、ずっと言えなかった自分の過去の事であった。
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