第八章


 その頃、新聞の偽りの記事に怒りを隠せないカイルはイライラしていた。
 そんなときに携帯電話が鳴り、ディスプレイにはライアンの名前が出ているのを見て、カイルの苛立ちは増してしまった。
 暫く無視をしていたが、携帯の音は収まる気配はなかった。
 舌打ちをし、仕方がなく電話を取った。
「カイル! 大変なんだ」
「ライアン、お前とは縁を切ったはずだ」
「馬鹿野郎。まだ喧嘩している場合か。すぐに施設に来い。エレナが大変な事になったんだ」
「どういう事だ。お前、今施設にいるのか。そこで何してるんだ」
「そんな事を今詳しく説明している暇はないんだ。エレナが連れ去られたんだ」
「なんだって? どういうことだ」
「つべこべ言わずに、とにかくすぐ来い」
 電話は切れ、カイルは唖然としていた。
 しかし、エレナが心配になるや、すぐにオフィスを出ていった。
 カイルが施設についた時は、ライアンとハワードが施設の建物の前で揃って立っていた。
「ハワードがなぜここに?」
 ハワードの存在は事件性を知らしめ、カイルから血の気が引いていった。
 二人に近づき、ライアンをまず睨んだ。
「エレナは今どこにいるんだ」
 ライアンは申し訳なさそうに目を逸らした。
「すまない。助けられなかったんだ」
「お前、一体ここで何をしていたんだ。エレナが連れさられたってどういうことなんだ」
 カイルがライアンの胸ぐらを掴むと、ハワードはそれを止めさせた。
「カイル、ライアンも今この状況を何一つ知らない。こんなことが起こってしまった以上、もう隠していても仕方がない。私から説明しよう。今からちょうど十年くらい前のことになる」
 ハワードはDから聞いた情報を掻い摘んで、二人に話し出した。
「エレナはダニエル・コナー博士の娘なんだ。コナー博士がエネルギー開発の研究していたが、その時に偶然にも未知のエネルギーを発見してしまった。そのエ ネルギーを取出すことに成功し、これからの資源の活用にと向けて新たに研究を重ねていた。それは新しい武器開発にもなりえる程の危険も備わっていた。そこ に目をつけたある組織がコナー博士を自分の配下に置くために、スポンサーと名乗り出て、博士の研究チームと深く係わることになった。博士は組織の本当の目 的に気が付いて仕事を降りようとした。自分が開発した重要な資料は隠し、そして警察に組織の実体を知らせようとしたときに拉致されてしまった。エレナは危 機一髪のところで、運良く難を逃れ警察が保護したが、この事件は博士の安全を重視して公には好評されなかった。しかし博士がいつまでも組織に協力しないた め、隠した資料を組織は探す事にやっきになり、博士の娘であるエレナがそれを隠していると思っているんだ。エレナの居場所は簡単にはわからないように警察 機関が守っていたが、今回実名と写真が新聞記事に載ってしまいエレナの所在地が組織にバレてしまったと言うことだ。とにかくエレナを救うためにライアンを ここへ来させたのは、私だ」
 カイルもライアンも真実を聞いてショックを受けている。
 何も知らなかったとはいえ、エレナがそんな苦しい過去を背負っていたとは想像もつかなかった。
「カイル、すまない。俺、目の前でエレナが連れ去られてしまうところを見ながら助けられなかった」
 ライアンは悔しさで顔を歪め、思いっきり歯を食いしばった。
 カイルはそれを見て複雑な思いになり、何も言えなかった。
「とにかくエレナを救い出さないといけない。手掛かりになるものを探さなければ」
 ハワードは周りに何か手掛かりがないか、鋭い目付きで探していた。
 そこへ外に出かけていたシスターパメラが戻ってきた。
「あらカイル、それにこの方達はお友達かしら? どうしたのこんなところで。エレナなら中で留守番してるわよ」
 カイルは悲痛な表情になり、シスターパメラになんて説明すればいいか戸惑う。
「どうしたの、カイル?」
「シスターパメラ、エレナが、何者かに連れ去られてしまったんだ」
「えっ?」
 表情が強張り、血の気が引いて真っ青になったシスターパメラは突然慌てだした。
「まさか、こんな事が本当に起こるなんて。早く警察に、スタークさんに知らせないと」
 ライアンは自分の苗字が耳に入って驚いた。
「スタークって、まさかアレックス・スタークのことか。オレの親父? えっ?」
 ここで初めて、自分の父親が直接この事件に関与していることを知って、ライアンはハワードの顔を見つめた。
 アレックスがこの事件の事は把握していることは推測できても、その担当者だったとはハワードも知らなかった様子だった。
 シスターパメラは電話をかけるために家に飛び込んでいた。
 ちょうどその頃、また一台の車が入って来た。
 ポートだった。
 男が三人施設の前に立っているのを見て、ポートは不思議そうな顔をしていた。
「カイル、一体何があった。もしかしてこの記事を読んでお前さん達もエレナのところに来たのか」
 ポートは、あのでたらめの記事が載った新聞を見せた。
「わしゃ驚いたよ。こんな大嘘が実名で載っていて。そんでエレナが心配になって会いに来たんじゃ。ショックを受けてないといいんじゃが」
 カイルは、ポートに何をどのように説明すべきかわからなかった。
「カイル、どうしたんじゃ。やっぱりエレナはこの事でショックを受けとるのか」
「とにかくここで立ち話していてもなんだから、皆、家に入ろう」
 カイルは中に案内した。
 そして奥の広間に行ったとき、シスターパメラが受話器をもったまま、胸を押さえ込んで壁にもたれかかっているの見て、カイルは驚いた。
 相当ショックを受け体に負担が掛かった様子だった。
「シスターパメラ」
 カイルはすぐさま近くに走りより、体を支えた。
 ポートもただ事ではない雰囲気にうろたえながら、シスターパメラの元に駆けつけた。
 カイルはシスターパメラを抱え込み、椅子に座らせる。
「エレナ……」
 シスターパメラは、何度も名前を呟き、苦しそうに喘いでいた。
 事態を飲み込めないポートは、エレナを探しに彼女の部屋がある二階へ向かった。
 ドアをノックしても、応答がないので、静かにドアを開けた。
「一体エレナはどこにいるんじゃ」
 その時、ハワードとライアンがエレナの部屋の中へとずかずかと入った。
「おいおい、あんたら誰じゃい。勝手に入ったらエレナに怒られるぞ」
 ポートの言葉もお構いなしに、ハワードはエレナの部屋を見回した。
 整理整頓されて持ち物も少く、それは殺風景に何も目ぼしいものが見つかりそうになかった。
 その中で、唯一机の上に置かれた、青いバラがついた箱が浮かび上がって見えた。
 ハワードはそれをそっと取って蓋を開けた。
 中からメロディが流れ、部屋の中で響き渡った。
 そしてその中にあったメモ書きを見つけ、ハワードの目が鋭くなった。
 一つはコナー博士の研究についての事、もう一つ は教会の名前と所在地についてが書かれている。
 それをじっと見つめ、ハワードは頭を働かせていた。
「おいおい、いい加減にせんか。それはエレナの持ち物だ。勝手に触るのは失礼だぞ」
 ポートはハワードの手からそのオルゴールを取り上げ、それをまた机の上に置いたときに、軽く反応を示した。
「お、こんなところに青いバラか」
「何かご存じなんですか」
 ハワードが目を光らせて問いかけた。
「いや、前に、エレナが青いバラに興味をもっているような様子で、青いバラには何か特別な意味があるのかと質問されたことがあってのう…… それよりもあんたら一体、何がしたいんじゃ」
「ポートさん、この人達は僕の友達で、探偵なんです」
 カイルが中に入ってきた。
「探偵って、エレナに何かあったのか」
「エレナは今、大変な事に巻き込まれてしまったんです。ポートさんすみませんが、下でシスターパメラの様子を見ていてくれませんか」
 ポートは訳がわからず、とにかくカイルの言うままシスターパメラの元へと行った。

 再びオルゴールを手にしたハワードの目の色が深みを増し、何かに感づいた様子に、ライアンは声を掛けた。
「ハワード、何かわかったのか」
「このオルゴールにメモが二枚入っていた。一つはコナー博士の研究について、もう一つは教会の名前と所在地のメモ。エレナはこのオルゴールに彫られている青いバラの意味について自分で調べて いたんじゃないか」
「エレナが調べる事と言えば、コナー博士の研究資料。エレナは自分で戦うといっていたが、父親を救い出そうとしてたんだ。きっとそのオルゴールに何か秘密があると思ったに違いない」
 オルゴールの裏を向けたとき、メッセージが彫られていることにハワードは気がついた。
「永遠の愛、DとM…… Dは父親ダニエルの頭文字だろう、するとMは」
「マリー、エレナのミドルネーム、そして母親の名前だ。昔そう聞いた事がある」
 カイルが言った。
 ハワードのオルゴールを見つめる目が一層細まった。
「このオルゴールにコナー博士は、エレナになんらかのメッセージを託したのは間違いがないな」
 ハワードはもう一度蓋を開け、その清らかに流れる優しい音色に耳を傾けた。
 その時、ドアベルが鳴り、一同ははっとした。
 皆、一斉に下に降り、そしてドアを開けるとそこにはアレックス・スタークと数人の男達が立っていた。
「親父!」
「ライアン、それにハワード、皆ここで何をしている」
「親父こそなんで、エレナの事を知ってるって教えてくれなかったんだよ」
「お前には関係ない事だ」
「関係大ありだよ。いつからエレナの事知ってたんだよ」
 自分の父親がエレナを昔から知っていて、間接的にエレナと係わっていたと思うと益々やるせなくなった。
「今はお前と話してる暇はない。シスターパメラはどこだ」
「私はここです」
 シスターパメラがポートさんに支えられ奥から出てきた。
「シスターパメラ、無理をなさらずに、座っていて下さい」
 カイルが心配そうにいうと、シスターパメラは大丈夫というように気丈に振る舞った。
「スタークさん電話でお話した通りです。エレナが居なくなりました。あなたが十年前におっしゃっていた心配事が、現実になりました」
 シスターパメラはエレナがどういう事情でここに来たのかを知っていた。
 アレックスは率いる部下に周りを捜査するように指示を与えた。
「親父、この事件に深く関わっていたのか」
 ライアンが喋っているのにそれを無視して、アレックスはハワードの顔を見た。
「ハワード、この事件に関してどれくらいの情報を得ているんだ」
「FBIが知ってるだけの情報は得たかもしれない」
 ハワードも厳しい目つきを返した。
「この事件から手を引け、ライアンお前もだ」
 ライアンが身を乗り出して何か言おうとしたとき、ハワードはライアンを押えた。
「ライアン帰るぞ」
「ハワード、なんでだ」
 ハワードの手には、エレナのオルゴールがしっかり握られていた。
 それを見たとき、ライアンはニヤリとし、ハワードの意図を読んだ。
 ハワードが簡単に引き下がる訳がなかった。
「カイル、お前も一緒に俺達と帰るか?」
 意味ありげにライアンがそういうと、カイルも黙って二人について行った。
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