第九章


「D、あれ程勝手な行動をするなと言っておいただろ。今まで何処にいた」
 組織内に戻ってくるなり、レイはJに突っかかられてしまった。
 噛み付くように敵意をむき出しにして、頭ごなしに怒っている。
 かなり機嫌が悪いところを見ると、エレナの情報を掴みながら、上手くいかずに八つ当たりしているように見える。
 Jがどのように行動して、何を考えているのかまではまだ読めず、レイは慎重になっていた。
 顔は平然を保っているが、心の中は穏やかではない。
「集合が掛からない時は、私は自由に行動することが許されているはずだ。それとも、私が見落としていた情報でもあったのか」
 エレナの情報の事を探っているかレイは見極めようとしていた。
 Jはレイをじっと見ていた。
 隠れているものを探そうとしているJの目は鷹のように鋭い。
 この時とばかり疑ってかかっていた。
「お前、何か掴んでいるんじゃないだろうな」
 やはりレイの落ち着かない部分が見えるようだった。
 レイもまた受けて立たなければならなかった。
「一体、私が何を知っているというのだ。具体的にご教示願いたいが」
「俺の目から見たらお前はこの組織にはそぐわない。いつも一人で行動しやがって、そして抜け駆けする。信用ならない奴だ」
「それは、Jが私を嫌っているからそう見えるんだろう。私は常にこの組織のためを思って行動しているに過ぎない。もし自分の立場が危ういと感じているのなら、それは間違いだ。私はあんたのポジションなんかには全く興味ない」
「その態度が鼻につくんだよ。お前は我々チームの和を乱し、反感を買いすぎだ。一番若造の癖に生意気すぎる」
「この世界で生きるための知恵だ。生半可に年功序列で譲歩などしていたら、命がいくらあっても足りない。この世界では上下関係なんて無意味だ。常にやるかやられるかの実力が物を言う。それぐらいJにもわかっているだろう」
「お前は常に一匹狼を装い、我々とは交わらないようにすることが美学かもしれないが、それが目障りなんだ。周りと同調する事も時には必要だ。この世界の繋がりをおろそかにすると必ずしっぺ返しがくるぞ」
「余程あんたはリーダーとして人脈があるんだろう。しかし、私は、そんな安っぽい繋がりなど欲しくない。私が死んだとて、誰が涙流すだろうか。J、あんた も死んだとき、どれだけの奴らが実際泣いて悲しんでくれるんだろうな。そんな中で繋がりを大切にするなど馬鹿げている。せいぜい利用するくらいにしか皆 思ってない」
「お前の屁理屈は聞き飽きた。結局お前はガキだな。粋がっているだけだ。お前の中に恐れが見える。それを覆い隠すために態と減らず口を叩き、自分を大きく 見せようとする。お前が腹の中で隠し持っているものを、我々に悟られたくないだけだ。だから一人を好んでるふりして逃げる。その口実がその態度に表れてい るだけだ」
 さすがJだった。
 リーダーになるだけ、人の心を見抜いている。
「あんたになんと思われても私には関係ない。自分のやるべき事をやるだけさ」
 レイは去ろうとした。
「D、待て。お前はやはり、今日、動きがあったことを知ってるな」
 レイは黙っていた。
「まあいい、今日のところはお互い様だ。私もお前には何も知らせてないからな。だが、これ以上勝手な行動はするな。この件についてだけは、デスモンドは躍起になっている。コナー博士の娘を一人で探そうとするなよ」
「私が先に見つければ、都合が悪いのか」
「いや、お前はそれ以上に何かを企んでいる。それが有利なことか不利なことか、私は今見極めているところさ」
「あんたの利益にか?」
「違うな、お前を引きずり落とせるかどうかだ。この件はそれだけ重要なことなのさ。お前も何かあるからコソコソしているんだろ。私を出し抜こうとしている何かを感じる」
「私が怖いのか」
「ああ、正直言えば、そうだ。お前は得体の知れない恐ろしいものを腹に抱え込んでいる。それが私を脅かしているのは事実だ。お前のような奴は忠誠と裏切り の両面を抱え込む。しかし、お前はデスモンドに気に入られているし、仕事は誰よりも完璧にこなすから、こっちは手が出せない」
「目の上のタンコブってことか」
「それならまだ可愛いものだ。はっきり言って癌だな」
「ならば、早く取り除いた方がいいぞ。手遅れにならないうちに」
「それはそのうちにな」
 Jは含み笑いをして、踵を返して去っていった。
 結局何が言いたかったのか、最後までその意図にレイは判断しかねたが、これはJの勘が騒ぎたて、レイを始末する準備に入ったことなのかもしれない。
 コナー博士の件はかなり関心が高いだけに、これを利用してレイを失脚させようとしているようにも、またそこになんらかの疑問を抱いているようにも見えた。
 レイもまた隠しきれない限界を感じてしまう。
 とうとう、残されている時間はカウントダウンに入ってしまった。
 レイは切羽詰った思いに刈られ、コナー博士が監禁されている部屋へと向かった。
 厳重な警戒を横目で見、レイは最高幹部としての威厳を知らしめながら、見張りの元へ寄った。
 見張りの男達は、レイに対して敬礼し、あくまでもその礼儀は絶対的なものを見せ付けた。
 レイもそれに引けを取らずに、堂々とし、解除されるロックの音を聞いて、そして鉄格子の向こう側へと進んでいった。
 静かな廊下で、コツコツと響く自分の靴の音。
 偽りの威厳さが虚しく響いているようだった。
 部屋のドアの前の見張りにきつい眼差しを向け、緊張感を高めてやる。
 そして、ドアをノックし、レイはその部屋へ入っていった。
「コナー博士ご機嫌いかかですか」
 ダニエルは近づいてくる人の気配に気がついていたのか、すでに起き上がり、ベッドの上で腰掛けていた。
 ゆっくりとレイを見上げるも、声を出さずにじっとしている。
 しかし、手だけはギュッと握って握りこぶしを作っては、何かを言いたい気持ちを抑えているようだった。
 レイが単独で現れた時は、そこに必ずエレナに繋がる報告がある。
 ダニエルはそれがいい話か悪い話か、緊張した面持ちで待っていた。
「コナー博士、いいですか。あなたはここに長く居すぎた。あなたもここを早く去りたいでしょう。その準備を整えておくべきです。私もあなたがここにいるのを見るのはもう飽きました。あなたも会いたいお方がいらっしゃることでしょうね」  
 回りくどく話しているが、レイの言葉には必ず裏がある。
 この言い方は、近々ここを出る可能性を示唆し、レイが何かを計画していることが伺えた。
「会いたい人か、もう長いこと会っていない。無事に元気でいてくれているとよいのだが」
 エレナが無事でいて欲しい。
 ダニエルはまずそれを知りたかった。
 レイもまた、それを察知しては口元を少しだけあげ、微笑むことで無事を知らせる。
 ダニエルの肩の力は抜け、ふーっと息を洩らした。
 少しだけ安心したようだった。
「我々組織は全力であなたの娘を探している。しかしまだ見つからない。彼女はどこかであなたを助けようとしているのでしょうね。我々の知らない所に居て。もしかしたらあなたの近くにもう来ているのかもしれません」
 エレナが近くにいるからこそ、レイはこのように言葉を伝えた。
 しかもエレナが何かをしているようなニュアンスを入れる。
 その時、ダニエルの表情は硬くなった。
 口を強く結んで俯き、体が震えている。
 レイはその態度に一瞬戸惑った。
「さあ、いい加減に研究資料のありかを教えてくれませんか。それともあなたの娘が直接持ってくるのでしょうか。とにかく研究資料があればあなたはここから出られる。それは一体どこにあるのでしょうか」
 ダニエルは顔を上げ、不安な表情を見せた。
 研究資料について探すな、とでも言わんばかりだった。
「娘は一切私の研究資料については知らない。私も話すつもりはない」
 レイには理解しがたい。
 その資料があれば、自分は助け出せる計画をしている。
 それがなければエレナが危険であるというのに、それでもダニエルが頑なに黙っているのがもどかしい。
 ──博士、頼む、そのありかを教えてくれ。
 レイは慈悲を乞うように、深くダニエルを見つめた。
 それでもダニエルは顔を背けるだけで、この件については沈黙を決め込んだ。
「そうですが、教えて頂けないのなら私が見つけるまでです。そう時間はかからないかもしれません」
 レイはすでに動き出していることを示唆する。
 それに対して、ダニエルは一層心配そうに見つめ、瞳が揺れ動いていた。
「や、やめろ!」
 ダニエルが強く叫んだことに、レイは困惑する。
 そして頭を抱え込み、顔を歪ませて苦しんでいる姿は、レイを不安にさせた。
 自分の計画の危うさが露呈され、何か悪い予感がしてならない。
 しかし、もう後にはひけないところまで来ている。
「仕方がないですね」
 そう口から出た言葉は、本当に仕方がないと思ってのことだった。
 レイは、心残りながら、その部屋から出て行った。
 取り乱したダニエルの様子は暗雲の兆しでしかなかった。
 ダニエルもまた、エレナが近くに来ていること、研究資料を探し出そうと躍起になってること、そしてレイが自分を救おうと計画を企てていることに気がついたが、それが全て悪い方向へ行こうとしているのに、伝えられないことが悔しくてたまらない。
 閉ざされた空間の中で、嘆き悲しむことしか、ダニエルにはできなかった。
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