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二階の教室の窓から外を眺めれば、人の動く姿が良く見える。
ユキは時計を気にしながら、外を眺めていた。登校してくる生徒が増えるにつれ、トイラももうすぐ現れるとドキドキしながら待っていた。
「あっ、来た」
トイラとキースが一緒にいると、遠くからでも良く目立つ。
ふたりを目で追っていると、後ろからミカが駆け寄ってくるのが見えた。
ミカがトイラの腕をとって自分に絡ませている。
トイラはされるがままで、跳ね除けるそぶりもしなかった。
あの位置にはいつも自分がいたのに、一抹の寂しさがこみ上げる。
ユキは見ていられなくなって、窓から遠ざかり自分の席についた。
もうすぐトイラが教室に入ってくる。それまでにユキは落ち着いていたかった。
徐々に生徒が教室に入ってきた。少しずつ、人の声でがやがやとざわめき始める。
そしてトイラとキースもやってきた。
ミカは、まだトイラと腕を組んでいる。まるで恋人気取りのように。
「オハヨー、ユキ。サキ ニ イク ナンテ サビシカッタ ヨ」
キースはいつも通りに接してくれてたが、何も答えられずユキは笑ってごまかす。
トイラと目が合うが、ミカがいるせいで、どこかユキには気ますい。
『おはよう』すら言えなかった。
トイラも相変わらずの仏頂面だが、口を一文字にして酷くなっている。
エメラルド色の緑の目も、生気を失って光を放っていない。
プイっと横向いて、だるそうに椅子に座っていた。
「あら、春日さん。おはよう。早いのね」
ミカは優越感を得た顔つきでにやっとしていた。
ユキは小さく「おはよう」と返事するのがやっとだった。
「昨日のカラオケ最高だったんだよ。二人ともすごく楽しんで、特にトイラと私はずっと一緒に過ごしたのよ」
得意げに話すミカ。だけどトイラは否定もせず何も言わない。
嫌な顔もしていない。感情を出さない、空っぽの表情だ。
キースもそれを深刻のように捉えて眉間にしわを寄せていた。
ユキが悲しい目でトイラを見ると、トイラはお前など知らぬという態度で目を逸らした。
「えっ」
思わずユキは声をもらした。
ユキのすぐ隣、こんなにも近くに居るのに、一晩でユキには遠い存在になっていた。
まだ怒っているのだろうか。
言い合いをしたといっても、他愛のないことだ。時間が経てば何事もないように元に戻れると思っていた。
人が変わったようになったトイラ。ユキはショックを隠せなかった。
「ねぇ、トイラ、朝ごはんちゃんと食べた?」
ユキから歩みよるが、それすら無駄なことのようにトイラはまともに返事すらしなかった。
ユキを全く見ていない。
どんなに気分を損ねていても、トイラはユキが食事の支度をすれば、必ず感謝の言葉を最後につけたすのにそれすらなかった。
まるでユキがそこに居ないかのように振舞っているようだ。
そして休み時間になる度に、側にはミカが近寄ってくる。
今まであのポジションには自分が居たのにと、ユキは恨めしく見てしまった。
キースに事情を聞こうものなら、休み時間になるとすぐに席から立ち上がり、ユキと一定の距離をとって、他の女子生徒と話をしている。
キースはユキに負担をかけまいと、クラスの調和を計っているだけに過ぎないが、何も知らないユキにはまるで自分とかかわりたくないとでも示しているように誤解してしまった。
ユキは二人と急に距離感を感じてしまう。まるで自分の周りに溝が大きく掘られて、もう橋がないと近くに行けない状態にまでなっていたようだ。
そしてその橋もどうみつけていいのかわからない。
ミカはユキが寂しくしている姿が愉快なのか、わざとトイラに甘えるフリをしてユキに見せ付けていた。
それは自分にも都合のいいことだと、ミカの態度を黙って受け入れ、トイラはされるがままになっていた。
捩れたユキとトイラの関係は最悪な方向へと進んでいくしか許されてないようだ。
キースも見ていて辛く、口出しすらできないふたりの軋轢を感じていた。
何を言ってもトイラは聞く耳をもたない。ユキは事情がわからないために説明すらできない。
黙って見守ることしかできないキースも、ふがいなさを感じて苦しんでいた。