Brilliant Emerald

第六章

4 

「あっ、森の守り主。なんだ、ここでよかったんですね。私勘違いしてあっちまでいってしまいました。さて、キース、私に一つ何か言い忘れてませんか?」
 ジークはこのときばかりと、キースを見下して得意げになっていた。
「疑って、悪かった」
 キースは、プライドの高さから胸を張ったまま詫びていた。
「まあ、いいでしょう。これで信じてもらえたから。さて、森の守り主、私は使命を果たしました。お約束のご褒美はお忘れじゃないですね」
「わかっておる」
 森の守り主は大きな体をくねくねさせ、後ろに下がっていく。ふーと息を吐いた後、儀式のように尻尾で地面を叩いた。
 どしんどしんと鈍く振動が広がり、森の守り主の目の前で、徐々に地面が盛り上がっていった。三角の山のような形の岩が地面からこんもりと顔を出した。
 森の守り主の顔の辺りまで隆起すると、振動が止まった。
 何が始まるのか、みな見守っている。
 森の守り主はニヤッと笑い、そして目の前の突起に息を吹きかけた。
 すると岩が光り輝き、気がつくとそのてっぺんに丸い玉が姿を現し、強く光を放して浮いていた。
 それは野球ボールくらいの大きさで、透き通っていながら、金色に眩く輝いている。
 辺りも金色にそまり、全てが黄金のように見えていた。
 誰もが息を飲んだ。
「これが、太陽の玉」
 ジークの目は、まさに釘付けになっていた。
「そうだ、これが太陽の玉だ。この森を支配するものが持つもの。森の調和を取るためのパワーの源だ。ジークよ、これが見たかったのだろう」
「はいそうです。私は一度でいいから、これを見たかったんです。もっと近くで見ていいですか」
「ああ、使命を果たしてくれた褒美だ。許可する」
「ありがとうございます」
 ジークはコウモリの姿になり、宙を飛び、喜び勇んで玉に近づく。物珍しそうに遠慮がちに見ていたが、目をどんどん細めて、いつしかその目は鋭くなっていた。
 何度も玉の周りを飛びまわっている。
 キースも見上げて、その光に魅了されていた。
「あれが、太陽の玉か。まさかこんなのが見られるなんて、僕もやっぱりここへ来てよかったよ。なんか取り越し苦労だったけど」
 キースは肩の力が抜けたのかリラックスしていた。
 太陽の玉自体は珍しいものだったが、トイラにはそれが有難いとは思わなかった。
 手に入れたところで、役立たずな代物でしかなかった。
「何が太陽の玉だ。肝心な願いが叶わないのなら、俺にはただのその辺の石ころと同じだ」
 ユキと一緒にいるためには方法はひとつしかない。
 ユキの命の玉を自分に取り入れる──。
 衝撃が強すぎる。
 森の守り主になることなど、どうでもよくなった。
 無意味なことだと、さっさと大蛇の森の守り主に背を向けたくなった。
 だがその時異変が起こった。
 ジークが太陽の玉に近づき、触れるや否や素早く人の姿になって、がしっと玉を手で掴み、ひらりと地面に舞い降りた。
「あっ!ジーク、何をする」
 キースが叫んだ。
「森の守り主、悪いですが、これは私が頂きます」
 ニヤリとほくそ笑む勝ち誇ったジークの表情。
 トイラとキースは、ジークの狡猾さに、驚きと怒りがこみ上げる。
 だが、森の守り主は慌てることなく、冷静さを保っていた。
 こうなることを予測していたかのごとく、成り行きを見守っている。
 ジークは玉を抱えて走り去ろうとした。
 森の守り主は自分の尻尾を上下に振り上げ地面を叩く。
 衝撃波が、地面、空気までも激しく震わせていた。
 ジークがバランスを崩したときだった、ユキはジークに飛び掛り、太陽の玉を奪おうとした。
「ちょっと、あんた返しなさい」
「ユキ!」
 トイラが叫ぶ。側に行きたいが揺れが激しく立っていられない。
 ジークとユキが揉め合っている。
 ジークが揺れに足をすくわれると、二人とも重なり合って倒れてしまった。
 ユキがジークの上に馬乗りしたとき、ジークの手から玉が転がり落ちた。
 ユキはすぐさまそれを手にした。
「取りもどしたわ!」
 すぐに立ち上がり、ジークの腹に一蹴りいれるとジークは咳き込んでいた。
 ユキが森の守り主に近寄り、太陽の玉を渡そうとしたときだった。
 ジークが腹を押さえて立ち上がり、恐ろしい憎しみの形相で、ユキに向かって、手のひらを掲げて光線をぶっぱなした。
 薄暗い空間の中、その光は彗星の尾のごとく、すーっとユキの体を突き抜ける。
 ユキは立ち止まり、口からゴホッと咳をするように血を吐いた。
 ユキが自分のお腹に触れると、ねっとりとしたものが、べたっと手のひらについていた。
 その血はドクドクと、腹から湧き出てくる。
 その直後、ユキは体に力が入らず足元から崩れた。
 玉は手からはなれてコロコロところがり、ジークは素早く、太陽の玉を手にとり、勝利の笑顔でさっそうと逃げていった。
「ユキ!」
 トイラの髪は逆立ち、目が見開いている。
「ああー! ユキ! 嘘だろ、嘘だろ!」稲妻のごとく空をも裂けんばかりの声でトイラは叫ぶ。
 トイラとキースが一目散に側に駆け寄ったときは、もう虫の息だった。
「ト……イラ」
「ユキ、喋るな。森の守り主、なんとかしてくれ、ユキを助けてくれ。なんでもする、お願いだ、ユキを助けてくれ」
 必死になって泣き叫ぶトイラ。
「トイラよ、落ち着け。そしてよく聞くんだ。太陽の玉はそれ一つでは力を充分に発揮できない。もう一つ、月の玉がある。月の玉を持つものこそ、太陽の玉の力を受けて充分に操れる。その月の玉は、ここにある」
 森の守り主が顔を上げて、自分の首元を見せた。そこには満月のような形が浮き上がっていた。
「いいか、良く聞け、これは私の命でもある。これをユキに授けよう。そうすれば、ユキはまた命を吹き返すだろう。これがユキの体に入ったとき、月の玉は 眠った状態になる。ユキがこの森で過ごした全ての記憶を一時的に忘れてしまう。太陽の玉が近づいたとき、月の玉は徐々に目覚める。胸にアザのように月の形 が少しずつ現れたとき、ユキの記憶も蘇るだろう。しかし、ユキは人間だ。我々と違って、月の玉の威力にどこまで耐えられるかわからぬ。アザが大きくなる度 に痛みが増す。それに耐えられずに、先に命を落としてしまうかもしれぬ。絶えられたとしても、フルムーンになったとき、月の玉はユキの体に順応できず、独 りでに出てしまうだろう。その時ユキも死んでしまう」
 トイラもキースも話を冷静に聞けない。その顔は真っ青で恐怖におののいていた。
「それじゃ、ユキはどっちみち助からないってことじゃないですか」
 トイラが言った。
「いや、一つだけある。月の玉がユキの体にあるうちなら、助かる道がある」
「それはどうするんですか」
 その時ユキは今にも息絶えそうになっていた。蚊の鳴くようなか細い声で必死に声を出す。
「トイラ……」
「ユキ、しゃべるんじゃない」
「私、トイラに会えて……よかった」
「時間がない」
 森の守り主は自分の口から月の玉を出した。白く真珠のように輝いている。太陽の玉より小さい。そしてその玉はすーっとユキの口へと入っていった。
「森の守り主、まだ話は聞いていない。どうすればユキは助かるんですか」
「トイラ、それは森の守り主となるお前なら、わ……かる……」
 森の守り主の体がドシーンと地面に叩きつけられるように倒れこんだ。キースが近くに寄って確認する。
 その後、首を横に振っていた。
「嘘だろ、森の守り主が死んだ。一体どうなっちまったんだ。ユキ、お前は大丈夫なのか」
 消えかけていたユキの息がまた吹き返す。だが意識は戻らない。
「トイラ、僕達、大変なことをしてしまった。この森には森の守り主が不在だ。太陽の玉もジークに奪われた。森が秩序をなくしてしまう」
 キースが怯えて、震える声で言った。
「いや、俺がこの後始末、必ずつける。そしてユキを必ず助ける。ジークから太陽の玉を絶対取り戻してやる」
 トイラはユキをキースに任せ、ジークの後を追う。
 黒豹になって森を疾風のごとく走り抜けていく。
 ジークの匂いを嗅ぎつけ、見つけるや否や、飛び上がってジークの前に立ちふさがった。
 威嚇した、白い牙をむき出しに、顔は鼻に皺を寄せ、目は燃え上がっていた。
 トイラは怯むジークめがけて飛び掛かる。
 ジークは玉を空中に放り投げ、トイラの攻撃をよけた。
 玉は空中で止まった。’
 そして時間までもが止まった。
 その時空で動いているのはトイラとジークのみだった。
 ジークは笑っていた。
 悪の笑いが、止まった時空の中で響き渡る。
「何がおかしい!」
 トイラが憎しみの目で叫んだ。
「気がつかぬか。この状態を作ったのは私だ。この私でも、充分にこの力を使える。さてお次はこれだ」
 トイラに手を振りかざすと、衝撃波がトイラを襲い、体が木にぶつかり、口から血が滴る。
 かなりのダメージを受け、トイラの息は荒かった。
 ジークはまた玉を手元に引き寄せると、時空は元に戻った。
 だが、そのとき、ジークが苦しみだして倒れ込む。
「うっ、力がはいらない。体が動かない。なぜだ」
「やはりお前には使いこなせないんだ」
 トイラはチャンスだと思った。立ち上がりジークに近づく。
 だが、何百匹というコウモリが空を黒く埋め尽くすように現れ、ジークを庇うように包み込んだ。
「この勝負、私の勝ちだ、トイラ」
 ジークは大量のコウモリと共に消えていった。
 トイラは怒りのままなす術もなく、黒くなった空を睨んで唸っていた。
「奴は、太陽の玉を使うことで、かなりのダメージを受けている。回復するまで時間を要するだろう。だがそのうち月の玉の存在に気がつくのは確実だ。そしてその時、ユキが持っていることも、いつかはバレてしまうのか。くそっ、なんとか阻止せねば」
 トイラは森の中で、力の限り咆哮した。
 それは後始末を必ずつけるという誓いを、森に知らせていた。
 これがトイラとユキの苦しい試練へと繋がる出来事の発端だった。
目次

BACK  NEXT


inserted by FC2 system