13

 リュウゴの家についたとき、私は懐かしいと思ってしまった。
 畏まってドアベルを押せば、インターフォンからリュウゴの声が聞こえた。自分の名前を告げると、リュウゴはすぐに玄関の引き戸を開けて迎えてくれた。
「いらっしゃい」
 リュウゴに改まって歓迎されるとなんだか照れてしまう。
 だから私も「お邪魔します」と借りてきた猫のようになりながら、礼儀正しくする。
 それがおかしくてふたりで笑ってしまった。
「おばあちゃんの調子はどう?」
 玄関で靴を脱ぎながら、私は様子を伺う。
「僕の前では立場を弁えて、優しく接してくれるんだけど、時々不安になるのか泣きじゃくるときがある。昨日愛美里が来てそれがもっとおかしくなった感じだ」
「一体何があったの?」
「そっちこそ、愛美里に訊いたんだろ。彼女は何か言ってた?」
 リュウゴは心配そうな瞳を向けた。
「愛美里は昨日のことなかったことのようにしたいみたい。私が問いかけても詳しい事は話してくれなかった。だけどもう近づかないって、なんだか懲りたみたいな様子だった。おばあちゃんの方は大丈夫? 怪我とかしてない?」
「愛美里を見てとても驚いていたのは確かだと思う。彼女はいきなり押しかけてきたし、まさか麻弥と同じクラスの生徒がやってくるなんて思わなかったから、ちょっと興奮したみたい。この家には普段誰も訪ねて来ないからね」
「そっか、おばあちゃん余程びっくりしたんだろうね」
 私はその時の事を想像してみる。どんな風に愛美里を見ていたのか。なぜ愛美里を引掻いて傷つけてしまったのか。愛美里を恐怖に陥れるほどのおばあちゃん の行動。おばあちゃんは気が動転して感情が先走ってしまったに違いない。私はおばあちゃんの気持ちがわかるような気がした。
 リュウゴがお茶の用意をしている間、私はおばあちゃんに会いに行く。そっと襖を開けて中を覗けば、ベッドの上でおばあちゃんは眠っていた。
 おばあちゃんはここ最近寝たきりになってしまい、リュウゴの支えや車椅子がなければベッドから離れられないらしい。
 リュウゴは懇親的におばあちゃんの介護を文句も言わずにこなしているから、本当にすごいことだと思う。
 私はベッドの側に寄って、おばあちゃんの寝顔を見つめた。皺に刻まれた顔。縮んでしまった身体。自分で自由に動く事もできなくなった老い。全てが悲しくて私は思わず泣いてしまう。
「おばあちゃん。今までリュウゴを支えてきてくれたんだね。本当にありがとう。これからは私がリュウゴを支えるから、心配しないでね」
 寝ているおばあちゃんを覗き込もうとさらに近づけば、足元でこつんと何かが触れた。屈んでみれば、ベッドの下には箱がいくつか押し込められている。それを一つ取り出して蓋を開けた。

 中から、今よりも若いおばあちゃんとリュウゴが写る写真がたくさん入っていた。お互いを撮り合っている写真。誰かに撮って貰った写真。リュウゴも、おばあちゃんも表情豊かに写っていた。
 この時のおばあちゃんはリュウゴと釣り合わせようと若作りを必死にしている。化粧が濃くて、写真で見ると、無理をしているのが伝わってくる。それでも リュウゴはおばあちゃんをいたわって、二人で写っている写真はどれもリュウゴのお ばあちゃんに対する優しさが見えてくる。いい写真だと私は暫くそれに魅 入っていた。
「何を見てるんだい?」
 お茶を運んできたリュウゴ。いつやってきたのか気がつかなかった。
「ごめんなさい。勝手に写真を見ちゃって」
「いいよ。好きに見て」
 隅にあったちゃぶ台を引っ張り出して、リュウゴはトレイに載せて運んできたお茶を置いた。
 私はベッドの下から他のいくつかの箱も引っ張り出し、ちゃぶ台の側に座った。私の目の前にティーカップを置いて、リュウゴも前に腰掛けた。
 写真を見ながら、私はティーカップを手にして、フーフーと息をかけてから一口含んだ。緑茶にもにた青々しい爽やかなコク。
「これ、ダージリンファーストフラッシュだね」
「よくわかったね。注文してたのがやっと届いたんだ。君に出せてよかったよ。飲みたいって言ってたよね」
「飲みやすくて和菓子にも合う紅茶なんだってね。私もそれを聞いて興味が出て、一度飲んでみたかったんだ。和菓子大好きだからね」
「あいにく、和菓子はないけどね」
 リュウゴは申し訳なさそうにする。
「おばあちゃんは和菓子を食べないの?」
「以前は好きだったけどね。最近は出しても興味を示さなくなった」
 リュウゴはおばあちゃんに視線を向けた。おばあちゃんは相変わらず眠っている。
「おばあちゃん、よく眠ってるね」
 おばあちゃんを見ながら、私はまた一口紅茶を飲んだ。
「薬が効いてるんだと思う。寝てくれた方が僕も助かるし」
「介護が大変なの?」
 私は他人事のように訊いてしまう。
 リュウゴは決して弱音を吐かなかった。本当に穏やかな笑顔で、なんでもないことのように笑っていた。
「やっぱりもうすぐ逝ってしまうと思うと、寂しくてね。おばあちゃんには感謝してもしきれないからね。最後までちゃんとお世話しようと思って」
 リュウゴはなんて優しいのだろう。
 箱から写真を一枚取り出し、それを私に見せた。
「これ、おばあちゃんの若かりし頃。すごく美人だろ」
「ほんと、美人だね」
 私も顔が綻んで思わず呟く。
 海を背景に、大胆なビキニを着ているモデルのような写真だった。
「おばあちゃん、結構努力家でさ、常に体系気にして美しさを保っていた。だからある程度歳を取っても綺麗でいられた」
「だけどここまで歳を取っちゃうと、人間ってどうしても仕方ないね。老いっていやだな」
おばあちゃんを見ていると、やがて歳を取っていく自分を想像してしまう。
「君はまだ高校生じゃないか。まだまだ歳を取るには早いって」
「リュウゴと釣り合う大人にはなりたいけど、それ以上に歳を取るのはやっぱりいやだな」
「君が歳を取っても、ずっと僕を好きな限り、僕は気にしないよ。やっぱりまだ僕のこと好きでいてくれるのかい?」
「ええ、もちろんよ。リュウゴ。あなたに初めて会ったときからずっと好き。この気持ちは永遠よ」
 それは私の本心だった。
「リュウゴはどう? こんな私でも好きになってくれる」
「僕は……」
 そこまでリュウゴがいいかけたとき、ベッドから呻き声が聞こえた。おばあちゃんの目が覚めた様子だ。
リュウゴは腰を上げて、おばあちゃんの側に寄った。
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