第三章


「ええ、大丈夫……」
 ユキは力を込めてそう答えようとしたが、いい終わらないうちにすぐに違う言葉で吼えた。
「バカ野郎! 大丈夫なわけがないだろ」
 ユキが引っ込んでしまうと同時に、トイラの意識が表に出て、がばっとソファーから身を起こした。
「あっ、もしかしてトイラ?」
「キイト、いい加減なことをユキにするんじゃない。今のユキは絶対に我を忘れて、ずっとこちら側に戻ってこれなくなるのが目に見えている」
「でも、ユキは大丈夫だって」
「ユキにとったらチャンスがあれば、命を賭けてもなんでもやろうとするに決まってるだろ。本人が大丈夫といっても信用できない」
 ユキの姿でトイラは呆れてキイトを睨んでいた。
「トイラはユキを信じてないの?」
「今のユキでは信じられない。ユキは自分のことしか考えてないのがはっきりとわかる。だから頼むからこんなことしないでくれ。お願いだ」
 さっきまではユキは意識を通い合わせることに同意してたが、いくらトイラの意思とはいえ、見かけがユキの姿で拒まれると、キイトはなんだか困惑してきた。
「あんた達、一つの体で二人いるとややこしすぎる」
「仕方がねぇだろ。そんじゃどうすればいいんだよ。俺の時はマスクでも被れって言うのかよ」
「ああ、そうしてくれると助かるね」
 トイラとキイトはどうしてもぶつかりあってしまっていた。
「とにかくだ、ユキに意識同士を会わすことはしないと約束してくれ」
 切羽詰った目で懇願されると、キイトは「わかった」と不承不承に答えざるを得なかった。
「だけど、トイラ、どうして人間になりたいと思わないのだ?」
「俺は恐れてるんだよ」
「だから一体何を恐れるんだ? ユキと一緒にいられるんだぞ。そのためには何だってしたいと思わないのか?」
 トイラは少し答えるのを躊躇った。
「……俺だって、命張ってユキのこと守ってきた。それくらいの覚悟は容易い。だが、それは何か違うような気がしてならない。キイトだって、ユキと同じ立場なら俺の気持ちを尊重したいとか言ったんじゃなかったのか?」
「なんだ、やっぱりあの時の話も聞いてたのか。まあね、相手のことを思えばそうなってしまうと思うんだ。でもその場合は私に選択権など疾うにないってことだ」
「どういう意味だ?」
「さあね。さあてと、私は帰った方がいいみたいだな。このままユキが現れたら、情が移ってさっきのこと実行させられてしまいそうだ」
 キイトは姿勢を正し、きりっとした巫女らしい態度で去ろうとした。
「キイト、ちょっと待ってくれ。一つ聞きたいんだが、もしかしてカジビの居場所に心当たりがあるんじゃないのか?」
 キイトの動きが止まり、ゆっくりとトイラに振り向いた。
「なんでそう思うんだい?」
「いや、俺の勘だ」
 キイトが何かとカジビについて擁護する態度はトイラの鼻についていた。
 キイトは暫く黙っていたが、トイラの目、この場合はユキの目を通してになるが、それを見てるとふーっと鼻から息が漏れて意味ありげに笑った。
「カジビはタイミングを見てるんだ。必ずあんた達の前に現れるよ。それがわかってるだけさ」
「それは敵としてなのか、味方としてなのかどっちだ?」
「さあ、どっちでもないんじゃないかな。カジビにとったら、あんた達なんて全く関係のない存在だから」
「それじゃカジビは何を企んでいるというんだ? カジビの目的は何だ?」
「そんなこと私に聞かれても答えようがない。それはそのうちわかるんじゃないの? だが、これだけは言いたい。カジビは赤石なんか狙っていない。寧ろ守ろうとしている。例え周りから悪者にされても、やり方が汚いと言われても、カジビはカジビなりに考えて行動してるのさ」
「やはりキイトは何か知ってるみたいだな」
 キイトは薄笑いを浮かべて曖昧にはぐらかす。
「あんたは自分とそしてユキのことを第一に考えていればいいだけさ」
「なあ、差し支えなければ、過去にカジビが何をしたか教えてくれないか。それとカジビとキイトの関係も」
「それを知ってどうするんだ?」
「なぜ俺がこの件に巻き込まれたのか知るためさ。これにはどうも裏があるようにしか思えない。それを突き止めるには些細なことでも色々と知りたいんだよ」
 キイトは逡巡して暫く黙っていたが、テーブルの上を見てにやっとした。
「いいだろう。私が知ってる範囲で話してやる。その前にその残りのクッキー食べていいか?」
「ああ」
 キイトはクッキーが入った入れ物を抱えて、安楽椅子にどかっと座り込んだ。
 ある程度食べたところで、キイトは話し出した。
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