エッセイ

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  第13話 初めての訪問 

 母と父が初めてアメリカにやってきたときのこと。
 日本から直通でここまで来れる飛行機がないもんで、一度大きな空港で乗り継ぎをしないといけない。
 本人たちもすごい不安だったろうが、私の方がどれだけ心配したことか。
 飛行機の乗り継ぎ方を電話で説明するも、海外の空港の中すら見たことない年寄りに話が分かる訳がない。
 悩んだ挙句、夫が乗り継ぎの空港まで迎えに行く事になった。
 お金もかかるが、心配するよりはまっしだった。
 無事に両親がここへついたときは、こっちが力抜けた。
 
 アメリカに来てもこういう年取ったうちの親は日本の習慣のままで滞在。
 それは仕方がないんだけど、プラスアルファでこういう人たちはすぐ文句言う。
 絶対に風呂の中に入らないと気がすまないので、あんな浅いアメリカのバスタブに湯をためても物足りないし、さらに続けて湯を使うとしまいにはお湯が出な くなってくる。
 最初、母が湯をたっぷり使ったもんだから、次風呂に入った親父に充分なお湯がいきわたらなくて、狭いバスルームで「さむ〜、さむ〜」と叫び声が響き渡 る。
 それを我慢して入ったもんだから、バスルームのドアが開いた瞬間、「さむ〜」と叫んで慌てて布団に飛び込んで行った。
 なんかの競技かといくらいそれはそれは必死に駆け込まれました。
 それから何度と、アメリカの風呂は…… アメリカの風呂は…… とぶつぶつ文句言って、だからしゃーないやろ、日本のような風呂じゃないねんからとこっ ちがイライラしてしまう。
 まあ、でも「さむ〜さむ〜」と動物の哀れな鳴き声のような叫びはなんか笑けたけど。
 
 見るもの何もかも珍しく、それなりに楽しんではいたけれど、いつもの生活ができない不自由な思いもあって、ああいう世代は順応は難しい。
 こっちも折角来てくれたからと、楽しんでもらいたいし、アメリカのすごいところも見てほしい。
 色々案内したけど、その時スターバックスに入ってみた。
 日本でもあるし、珍しくないが、一応本場ということでコーヒーを飲んだ。
 親父に「本場のコーヒーはどうや」と聞いてみた。
 すると寿司職人である父は味にうるさく、舌が肥えてるため、味について聞かれると、粋がったような舐めた態度で鼻でふんって笑うように感想をいう癖があ る。
 そういうところは長年生きてきたプライドと職業柄、舌には自信をもってるだけにその態度になるのもわからないでもない。
 そういうお年頃とでも言っておこう。
 そして親父は言い切った。
「まあ、こんなもんやな、オートバックスは」
 おいっ、それは車の部品売ってるとこやろ。
 どんなにえらそうにいったところで、店の名前の区別がつかないのはやっぱりアフォ〜。
 途中、勝手にあっちこっち歩くから、だまって置いてってやろうかって思ったくらい。

 日系スーパーに連れて行っても、魚売り場をみて「こんな魚よう売ってるわ」と驚愕。
 これについては私もそう思うが、だが大きな声で言うな。いくら英語圏でもここは日系スーパーじゃ、通じてしまう。
 
 初めての訪問は二週間だったが、たまたまずっと雨ばっかりで、これまた「雨多いな〜、雨多いな〜」と文句ぶつぶつ出た出た。
 慣れないこともあって、親父もストレス溜まって、帰る間際に親父と喧嘩勃発。
 やっぱり私と親父は仲が悪い。
 それでも帰る一日前は折れてやった。謝ることはお互いしなかったけど。
 
 でも、帰国日の空港で、大きなリュックサックを背負って搭乗口に向かう姿は小さく見えたもんだった。ああいう姿を見せられるのは正直反則だなって思う。
 帰りの乗り継ぎは空港のテレビモニターをつかって、説明したので見方もわかってなんとか無事に帰れた。飛行機が乱気流に巻き込まれて思いっきり揺れて生 きた心地がしなかったとか、最後まで文句言っていた。

 一回目の訪問は大変だった。
 次、もう一回あるので、その話ははまたいつか。
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