エッセイ

モドル | ススム | モクジ

  第5話 マイク(前編)  

「面白い奴がいる」
 それは、夫が会社で知り合った契約社員のことだった。夫は楽しそうに彼のことを話してくれる。
 彼はスーパーマリオブラザーズのマリオのような風貌で、髭も生やし太っていた。夫は彼と話をすると意気投合したらしい。彼の名前はマイク。

 話を聞いていると、確かに面白かったが、笑っていいのか躊躇する。
 例えば、会社のカフェテリアで、ドーナツを買ってレジにもって行くと、レジの人が
「オーマイゴッド!」と声を上げたらしい。
 そのドーナツには大量のバターが塗られていた。ドーナツだけでも高カロリーなのに、さらにバターが付けられてるのはさすがにアメリカ人でもビックリした らしい。

  マイクは会社まで電車に乗って通勤していた。最寄の駅から会社まで、歩いて20分くらいなのだが、そこから必ずバスを使う。しかもたった一駅しか乗らな い。バスに乗っても降りてそこからオフィスまで歩けば15分くらい。バスも一時間に2本しかこない。たっぷり30分待ってまでバスに乗るから、それなら歩 いた方が早いのではと夫はマイクの感覚に笑っていた。
「変わった人なんだね」
 そんなくらいしかコメントできなかった。

 ある日、マイクはチャットで知り合った人と仲良くなり、会う約束をした。それが隣の州の人なので、アムトラックを使い2時間かけて会いにいった。
 写真の交換もしていて、お互い顔を知っていたはずだった。だが交換したというマイクの写真を夫がみて一言。
「奇跡の一枚」
 首から上の顔写真で見事に下の体がでっぷり太ってるようには見えなく、顔の写り具合もかなりよかったらしい。
「あの写真は、別人に見える」
 夫はこれは騙してるのと同じかもと言っていた。
 そのデートした後マイクは夫に何があったか全てを話したらしい。

 約束の日、マイクは無事にチャットの相手と会えたことは会えた。相手は小学生の娘がいるシングルマザー。その日は子供を預けてのデートだった。
 しかし会った瞬間、相手は黙り込んだと言っていた。夫も、やっぱりと頷いた。
 そして、2時間くらいお茶をして相手は帰ろうとしたとき、マイクは今日はこっちに泊まるつもりで来たと知らせた。
 そしたら、相手の女性がホテルまで車で送ってあげると提供すれば、マイクはそんなお金がないと答えた。
 マイクは彼女の家に泊まることを前提に来ていた。チャットでどこまで仲良くなったかは知らないが、彼女にしてみれば実際のマイクを見て何か気がついたこ とがあったに違いない。
 彼女も責任を感じたかどうか知らないが、このまま置き去りにしてはいけないと、マイクを自分の家に泊めることにした。
 マイクはその時の話を夫にこう話した。
「それが、その女性、すごく気味悪いほど不思議な人だったんだ。夜、居間の電気をつけたまま、ずっとテレビ観ていて朝まで起きていたんだよ」
 それを聞いた夫は
「それは当たり前の行為だと思う。見ず知らずの人を泊めて、小さな娘もいるし、寝てる間に物でも盗られたり、また何かあったら怖いから起きてたんだろう」
 と心の中で思ったが、口には出さなかった。
 マイクはそこまで読み取れなかった。
 その後、朝早くに彼女はマイクを駅まで送り、マイクが降りて後ろを振り向いてお礼も言う暇もないまま、車を動かして早々と去って行ったらしい。
 マイクは失礼な人だと話していたが、夫はマイクとは違う何かを思い黙っていた。
 彼の話を聞くと、さすがマイクだと思うほど、どこかずれていた。

 時々、夫はマイクを家に呼んで、私がご飯を作ることがあったが、その時私の目にはマイクは全てを美味しそうに食べてくれて、私に対しても礼儀正しく、話 を聞いていても憎めない楽しい人に見えた。
 マイクが病気になれば、お弁当作って持って行ってあげたり、私とも友達としての付き合いはあった。
 そんなとき、事件は起こった。
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