第一章


 角を曲がってくると同時に「うぉっ!」と感嘆の声がした。
 四人が固まっていた場所に、突っ込むようにしてスカイラーが現れた。
 キュウジが身を持ってスカイラーを跳ね除けたお蔭で誰ともぶつからなかったが、その反動でスカイラーの方が派手に尻餅をついていた。
「いてててて」
 スカイラーは尻餅をついたまま、固まって立っている私たちを見つめ、何が起こっているのかわからない様子でいた。
 キュウジと同じくらいの年だが、感情を素直に表すところが少年っぽく、まだまだあどけなさが漂う。
 色白の肌に澄んだ薄い水色の瞳が引き立って、それが真ん丸く見開かれている。
 金髪の長めの髪を軽く手でセットしながら、恥ずかしげに立ち上がった。
「なんか、恥ずかしいとこ見られちゃった。えへへへ」
 軽く尻をはたきながら、スカイラーは笑ってごまかしていた。
 スカイラーの突然の登場で、空気の流れが変わり、私も気をとられて暫く見つめていた。
「角を曲がるときは一旦停止しないとな」
 自分も同じ事をしたために、キュウジは自分も戒めるつもりで言った。
「でも、こんなところで何してんだ、キュウジ。それにキオスクの婆さんと二人のかわいい女の子と一緒でさ、どうしたの?」
「いや、偶然出逢っただけさ」
 キュウジはどう説明していいものか、不意に首を動かせばリセと目が合い、少し戸惑った。
 私はそれを見逃さなかった。
 もしかしたら、少しは意識しているのかもしれない。
「ねぇねぇ、僕にも紹介して」
「紹介っていわれても」
 キュウジが戸惑っていると、積極的なミッシーが口を出した。
「私は、ミッシー、そしてこれはリセ。よろしく」
 スカイラーはキュウジを押しのけ前に出た。
「僕はスカイラー、こちらこそよろしく。お嬢さんたち」
 女性には優しいスカイラーは、すぐに反応して、握手を求めた。
 ミッシーは抵抗なく、さっさと済ませたが、リセはためらいがちにスカイラーの手を軽く握った。
 その時のスカイラーの瞳孔は大きく見開き、口元が自然とほころんでいるところを見ると、リセが気に入った様子に感じられた。
「ねぇねぇ、二人は恋人がいるの?」
「おい、スカイラーよさないか。みっともないぞ」
「えっ、いいじゃん。別に。どっちも僕ごのみだし」
「お前は女なら誰でもいいだけじゃないか」
 キュウジとスカイラーの掛け合いが始まった。
 そうそう、こうやって二人はボケと突っ込みのいい合いをよくする。
 またそこが好きなシチュエーションでもあるのだが、私の話ではこんな風ではなかった。
 キュウジがリセとぶつかり、そこでやり取りがあって、キュウジが一目ぼれをして、その後さっきみたいにスカイラーが現れて、スカイラー もリセを気に入る。
 スカイラーの方が素直に自分の気持ちを伝えるから、キュウジが先を越されたくないと張り合って、二人はあのような掛け合いを始めるのだ が、肝心な部分が発生してないから、ずれてしまっている。
 もしかしたら、このスカイラーの登場で、キュウジもどこかやっぱりリセを取られたくないという気持ちが芽生えてないだろうか。
 私は仄かに期待した。
「えっと、私は間に合ってるけど、リセは恋人はまだないよ」
 ミッシーはリセの友達として、またイベントが発生したときに重要な役柄を設定してはいるものの、恋人云々という話は何も詳しく創っては いない。
 そういう部分はどうやら、キャラクターが勝手に動いてくれるみたいだ。
「そっか、リセは今フリーなんだね。よかったら僕、立候補しちゃおうっと」
「おい、スカイラー、会ったばかりだろうが。恥ずかしいことをよくずけずけとできるな」
 キュウジがリセをチラッと見て様子を探っている。
 スカイラーの登場で意識をしはじめたのかもしれない。
「へぇ、お堅いキュウジに比べて、スカイラーは柔軟なんだね。まあ軽い男みたいだけど、こういう素直な方がまだいいかもしんないね」
 思ったことをずけずけというミッシーならではの言葉だった。
「ミッシー、そういうこと言うのやめようよ」
 リセがミッシーの服のすそを引っ張りながら小声で言った。
「スカイラーは女性に優しいだけで、軽い男じゃないよ。真剣になるときはなる奴さ。とにかく俺たちを見下さないと気がすまないようだな」
 へらへらしているスカイラーの隣でキュウジは変に対抗意識を持って言い返した。
「おい、キュウジ、やめろよ。僕は全然気にしてないし、気に入ってくれたみたいだから、これは褒め言葉だって」
「お前さ、少しはプライドとかないのか。ちょっと顔がかわいいかったら、すぐにデレデレしやがって。だからいつも痛い目に合うんだろう が」
「僕は気にしてないし、かわい子ちゃんとの出会いを楽しんでる方さ。キュウジも一体どうしたんだよ。いつもよりなんか厳しいじゃないか」
 なんだか益々不穏になってきた。
「ちょっとちょっとあんたたち、やめなさい。私の立場がないじゃいないか。皆で仲良くしたらいいだけじゃないさ。それに、こんな風になっ たのも私が悪いんだし、キュウジもそんなに怒らなくても」
「怒ってる訳ではないけどさ、なんだかついコイツの言葉が鼻について」
 ミッシーを一瞥した。
「ちょっと、コイツって何よ。あんたにコイツ呼ばわりされる筋合いなんてないわ」
「ほら、ちょっと言えばすぐに突っかかってくる。怖い女だな」
「ちょっと待ってよ。ミッシーは思ったことをすぐ口にするかもしれないけど、怖い女じゃないわ。とっても頼もしい素敵な人よ。私の友達の 悪口いうのやめてくれる?」
 自分のことは悪く言われても、友達のことを悪く言われると我慢ならないのがリセであり、常に人のことを考えるだけに、これはリセの堪忍 袋の緒が切れたようだ。
 そういうエピソードは違うところで用意はしていたが、まさかキュウジに突っかかってしまうとは、これは完全にずれてしまった。
 しかも、基本的な設定はそのままに、勝手にキャラクターが自分の想像を超えて動いていく。
 こんなことでは、リセはキュウジを好きにならないし、キュウジも敵意を見せた女は苦手だ。
 ちょっと、そんなのやだ。
 キュウジは甘くリセに囁いて、リセは恥ずかしながらもその愛を受け入れて常に夢中になっていつもラブラブしてしまうシチュエーションは 一体どこにいったのよ。
 これがゲームだったらすぐに電源を切って最初からやり直すのに、どこにもスイッチがない。
 なにこれ、なにこれ、一体なんなのよ。
 もしかしてここは地獄?
 やだ! どうしても修復できないの?
 一体どうしたらいいの。
 私は思わず、悲しくなっていつの間にか涙を流して「おーい、おーい」と泣いていた。
「おいっ、どうしたんだよ、婆さん」
 その後、無意識に私はキュウジに抱きついては「いやだ、いやだ」と駄々をこねた子供のように泣きじゃくっていた。
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