第二章
8
ジェスが作る料理のいい匂いが二階から漂ってきた。
それにはっとして、ひきつけられるように私は一足先に上に戻った。
ジェスが作った朝食が食卓に豪勢に並んでいる。
時計を見れば、朝と昼の間の時間帯だったから、これはブランチと呼んだほうがいいかもしれない。
まるでレストランに来たように、セッティングも綺麗にされて、プロフェッショナルな出来栄えだった。
演出や雰囲気作りをするのもジェスが拘るところだった。
豪華すぎるところもあるが、ゲストのためとしておきながら、結局は自分も楽しんでやっているから、ジェスにとっては趣味の一環みたいなものである。
「おいしそう」
自然と言葉が口から漏れた。
「口に合うといいんだけど」
ジェスは何気に謙遜している。
こういう奥ゆかしいところもジェスの魅力で、そこでめったに笑わない笑みを見せられると、かっこよくて萌えちゃう。
暫し、ジェスと絡んでみたいという気持ちが現れてしまったが、悠長な気分でもいられない。
今ある問題を何とかしなければと、自分の置かれている問題を再び思い出すと、自然と萎えて行く。
そして、その元凶とでもなる心配の種がやって来た。
こちらが不安で悩んでいるというのに、お構いなしに能天気にスカイラーが騒々しく現れた。
「おっ、なんかご馳走だね」
リセに気持ちを伝えただけあって、一段とすっきりして陽気さが増していた。
私はリセに近づき、何をしてたんだとさりげなく聞いたら、リセは全てを告白しにくかったのか「ちょっとね」とごまかした。
テーブルの上のご馳走を見て驚いてるリセの元へ、またスカイラーが近寄って楽しく会話を始めたので、落ち着かない。
リセ、まさかスカイラーに心動かされたんじゃないだろうね。
リセは私の気持ちとは裏腹に、スカイラーと仲睦まじくしている。
その姿を横目で見ながら、私は憮然としてため息を吐いていた。
自分の分身が、思うように動いてくれないし、リセになりきれなかった本当の私はミッシーとして振舞わねばならないけど、ミッシーの姿でキュウジが気になって葛藤しているし、話の筋は完全にずれてしまって、今後何が起こるのかわからないところまできている。
まだ修正したいという気持ちが起こるから、そうなると、リセとキュウジをくっつけなければと思うのだが、そうなればミッシーとしての私は辛い立場に自ら陥ってしまう。
リセとキュウジが運命的な出会いをしなかったせいで、こんなにも齟齬をきたしてしまうなんて思いもよらなかった。
まあ、そこが一番大切で重要なポイントではあったのだが、それが発生しなかった事で、これをどう片付けていくかが問題だった。
同時にあれもこれもできないので、一つ一つコツコツと処理していくしかなかった。
まずはミッシーの体を利用して出来ることを挙げたら、スカイラーとリセを完全に離してしまうことだった。
そうなると、もうあれしか頭に浮かび上がってこなかった。
その時、キュウジも三階から下りてきて、食事の用意に軽く驚いていた。
「ジェス、なんか豪勢になってるな」
ジェスは何も言わなかったが、素直に皆の反応に満足し、少し嬉しそうに口元が緩んでいた。
このジェスの表情で少し癒され、私はまた元気を取り戻し持ち直した。
さあ、やってやろう。
リセとキュウジをくっつけるぞ。
私は邪魔者のスカイラーをロックオンした。
皆で食卓を囲んで、席に着くとき、私はわざとスカイラーの隣に座った。
キュウジはその様子をちらりと一瞬見てたが、私は心を鬼にする。
成瀬ハナではあるけども、ミッシーになってこれからその部分を大いに利用するつもりでいた。
キュウジもミッシーに変な気を起こさないで欲しいと願い、悪女になりきろうと意気込んだ。
スカイラーは基本女性には優しいところがあり、私が隣に座っても、リセが好きだと告白した後にも係わらず、私には気遣うところがあった。
私は、スカイラーを見て色目を使った憂いな表情をして、意味ありげに微笑んだ。
スカイラーは素直にでれっとして喜んでいる。
私は、スカイラーに思わせぶりをして誘惑しようとしている。
ここでリセよりも、セクシーな女のよさをアピールして、男の本能を引き出してやろうと私は企んでいた。
うまくミッシーに引き寄せたところで、後は振ってやるつもりだが、そこは盛大にリセに見せつけ、スカイラーは誠実じゃなかったところを知ってもらいたい。
スカイラーは女に利用されるタイプだから、ちょっと優しくされるとすぐにホイホイとついてってしまう。
リセのことがどこまで本気で好きなのか、この時点ではまだ身近にいるから気になる程度で、本気度はそんなに高いとは言えない。
リセは男性に中々心を開くような女性でもないので、このときがチャンスだった。
私はスカイラーを見つめ、おしゃべりなスカイラーの話に人一倍興味があるような顔をしていた。
スカイラーは調子に乗って、私にどんどん話しかけてくる。
リセにも時折気遣っているが、リセは斜向かいに座っているので距離があった。
料理の味がとても素晴らしいので、その頃リセは絶えずジェスに美味しいと何度も賛辞を呈していた。
ここは負けたくないちょっと悔しい気持ちもあって、リセにしてはしつこく絡んでいたと思う。
リセが自分から男に絡もうとするのは珍しいし、創造主である私からどんどん独立していくように思えた。
それよりも、私はスカイラーに集中した。
わざとらしくスカイラーの足に、私は自分の足をそっと触れさせた。
スカイラーはすぐに反応し私をみたので、私はできるだけ恋をしているようなとろっとした瞳を向けて、微笑んでみた。
スカイラーは戸惑っていたが、何かの間違いだと思い込もうとして笑う。
でも嫌がる様子は見受けられなかったので、私はテーブルの下に手をもってきて、大胆にもスカイラーの膝に軽く触れた。
スカイラーはドキッとしたのか体が一瞬ぴくっと動いた。
きっとドキドキとしているのだろう。
女性からの積極的なアプローチは大歓迎だったのか、スカイラーはされるがままになっていた。
「スカイラーの瞳って澄んだ湖を見てるよう。透明感があって、きれい」
「えっ、そうかな。ハハハハハ」
スカイラーは有頂天になりつつあった。
リセに告白したのは弱々しいから、自分がアプローチをかけたら自分のものになりやすいという計算があったのだろう。
ミッシーは性格がきつそうで、なかなか落とせない雰囲気が敬遠させて最初からアタックしても無駄と思い込んでいたと思う。
どちらも彼女にするには申し分ない風貌だから、どっちかといえばリセを選んだが、ここでミッシーからのまさかの接近にきっと迷いが生じているはずだ。
スカイラーは悪気はないのだけれど、女好きで早く恋人が欲しいと切に願っている。
でも高望みをしすぎたり、女を見る目がないので、それでよく失敗する。
利用されやすいお人よしタイプだった。
だからこそ、リセのような堅実なタイプを手にしたかったのだろうが、ここでミッシーが気のある態度を示したら、誘惑に負けそうになっていた。
上手くいくかもしれない。
この調子で行けば、スカイラーがミッシーに夢中になる時間もそうかからないかもしれない。
私も、たまには悪女というのも味わってもいいか。
きっとこんなこと後にも先にもできないだろうから。
でもその時、キュウジが私の方を見て訝しんで睨んでいた。
食事が済むと、リセは積極的に後片付けをしてジェスを助けていた。
ジェスのキッチン道具にも興味を示してたので、片付けながら色々なものをみていた。
皆も多少は手伝うが、キッチンエリアが狭いので後はジェスとリセに任せた。
リセがジェスと一緒の間、スカイラーは案の定私のところに来ていた。
はにかんだ笑顔が何かを期待しているようでもあり、自分に触れたことの意味を追求したそうにしていた。
私はプライベートなことを話すかのようにスカイラーの耳元に近づき、小声で喋った。
「リセはね、中々男の人に心を開かない人なんだ。だからスカイラーが積極的になっても難しいと思うよ」
「えっ?」
「別にとぼけなくてもいいよ。リセに告白したんでしょ」
スカイラーは気まずいように苦笑いをするが、私がそんなこと気にしてないと優しく微笑んでやった。
「僕はリセの事諦めた方がいいってことなの?」
「さあ、それはスカイラーの自由。でも、ここに私がいることも忘れないでね。私は素直でかわいい人が好きなんだ。スカイラーのような人がね」
スカイラーの鼻息がみえるくらい、鼻の穴を広げて興奮していた。
「ほ、ほんと?」
「ふふふふ」
ここでじらしてみた。
スカイラーの瞳がランランと輝いては私を見つめている。
私はしっかりとそれに答えては、スカイラーから視線をはずさなかった。
それが益々スカイラーをその気にさせていた。
スカイラーには悪いが、ここまで簡単に引っ掛けられるとは、ほんとにお馬鹿キャラではないか。
もう少し、骨のあるところを見せてくれよといいたくなった。
それからスカイラーは私の思惑通りに簡単に私に付きまとうようになった。
リセはもちろんそれをしっかり見ることになり、告白されたのにミッシーに付きまとってばかりで、不思議そうに首を傾げていた。
しかし、元々興味がなかったので、結局は告白されたこと自体なかったことになって、どうでもよくなっていた。
これで良かったとひとまず、問題は一つ解決するんだけども、スカイラーはすでにミッシーが恋人という位置づけにしてしまったのがやっかい
だった。
それが次の問題へと繋がってしまい、私にはかなり最悪の事態に陥ることになってしまうのだった。