第二章
9
キュウジとスカイラーが使っていた部屋を私たちは使用できることになり、その日の午後、スカイラーの案内で、彼らが使っていた部屋に通された。
「遠慮なく使っていいからね」
私とリセの荷物を運びいれ、床の上に置いたあとスカイラーは、私をちらりと見てにこっとしていた。
作戦が功を奏して、スカイラーが私を意識し始めたようだった。
部屋の中はホテルのツインルームのようにベッドが二つ置かれ、殺風景ではあるが、ここでキュウジが寝ていたと思うとドキドキと
してしまった。
キュウジはどっちのベッドを使っていたのだろうか。
私が部屋の入り口に立ったまま考えていると、後ろからキュウジの声がした。
「何か必要なものがあれば言ってくれ」
私が振り返ると、かなり近い距離にキュウジが立っていて、ドキッとしてしまう。
スカイラーの前では悪女のフリができても、キュウジの前ではミッシーの役すら演じにくい。
「ううん、もうこれで充分だから」
なんだか慌ててしまって、いそいそと壁際の方のベッドに向かってそこに腰を下ろした。
「あっ、そこはキュウジのベッドだよ」
スカイラーが言った。
「どっちを使っても同じじゃないか。俺のベッドだと汚いとでもいいたいのか?」
キュウジはスカイラーに食って掛かる。
「別にそうじゃないけど……」
歯切れ悪そうに言葉がそこで切れた。
スカイラーにとっては、ミッシーに自分のベッドを使ってもらいたかったのだろう。
そこまでスカイラーがミッシーに興味を持ったということとして、その時はまだいい方向に行ったと思っていた。
「でも、こんなにお世話になって申し訳ないです」
リセが気遣った。
「気にすんな。安全が確認されるまではここにいることだ。ジェスがいいっていってるんだから、何も心配することはないぜ」
キュウジの言葉でリセは励まされるように、元気よく頷いて「ありがとう」と言っていた。
このときのキュウジとリセのやり取りは、私がいつも妄想していたものと同じだった。
それを見れば、やっぱり二人はお似合いだと思った。
この後、リセが窓際に向かって、景色を見回していると、キュウジも一緒になって肩を並べて周りの建物のことを説明していた。
二人の後姿を見ているうちに、かつて夢中で妄想していたときに味わった感覚が思い出された。
時々見詰め合っては、リセはクスクスと笑い、キュウジは照れたようにつられて笑う。
それが目の前で繰り広げられている。
妄想の中では、リセは私のはずなんだけど、ここではリセになれなかったから仕方がない。
あれが見たかったのに、あの二人がいちゃいちゃしてるのを見れば満足して、私もキュンキュンすると思ったのに、なんだかとても切なかった。
それに気をとられていたとき、隣にスカイラーが腰をかけてきた。
窓際の二人に聞こえないように、小声で話しかけてくる。
「ミッシー、今からどこかに行かないかい?」
「えっ」
そこで私はスカイラーに色目を使ってたことを思い出した。
「そ、そうね。い、いわよ」
このままリセとキュウジを二人だけにして、私たちはそっと部屋を出て行く。
キュウジと過ごす時間が長くなり、言葉を交わすことによって、その存在を感じると、私は心の中だけでこの思いが処理できないようになってきた。
それだけこの世界になれてしまって、もう妄想ではなくなってしまったからだろう。
こんな風になるなんて思いもよらなかった。
やっぱりキュウジが好きでたまらない。
それなのに、今側にいるのがスカイラーだなんて。
でも私はミッシーだった。
何が何やらわからなくなってくる。
一階の店に下りれば、ジェスが店の番をしていた。
全くわかりづらい場所に、こんな店を出しても誰も客が来ないだろうに。
ここがピッチフォークの仮の姿であることも忘れ、すっかり私も先の読めない物語の一登場人物になってしまっていた。
やはりこれからはずっとミッシーとして暮らしていくことになるのだろうか。
まさか、私はスカイラーとくっ付く?
ミッシーとスカイラーをくっ付けることすら、妄想してたとき考えたこともなかったけど、キュウジの思いを紛らわすためにも、私はスカイラーとの恋を経験してもいいかなと考えてしまう。
スカイラーも決して悪くはないキャラで、もちろん人気があるし、私にとっても愛すべき存在には変わりない。
まあいいか。
スカイラーとのデートを味わえるのも、私がミッシーの姿からかもしれない。
こうなったらスカイラーは、どの様に愛を語ってくれるのかお手並み拝見させてもらおう。
「ジェス、ちょっとこの辺を出て、ミッシーが誰にもつけられてないかみてくる」
偵察しに行くというもっともらしい理由を告げると、ジェスは「ああ、頼む」と答えた。
堂々とした理由を得て、スカイラーはいそいそとドアから出て行ってしまった。
私も後をつけようとしたとき、ジェスにいきなり呼び止められた。
「ミッシー、気をつけるんだぞ。敵にもスカイラーにも」
「は、はい」
まさかスカイラーまで気をつけろとは、なんだか笑えてしまう。
スカイラーの考えをすでに読み取っているということなのだろう。
だけどスカイラーは無理やり襲ってくるとか絶対しないタイプだから、私は冗談として受け止めた。
スカイラーと噴水のある広場にやってきた。
昨日は、ここで婆さんになった私がキュウジと語り合った場所だった。
婆さんが意識を戻したら、美術商のボスがすぐにリセに連絡してくる手はずになっている。
ミッシーの電話はホッパーが預かっているから、それを持ってない私のところには直接連絡が取れない。
リセの電話に連絡がないということは、婆さんはまだ意識が回復していない。
今思えば、あの婆さんの姿でいた方が私はまだ幸せだったかもしれない。
こんな中途半端にミッシーに憑依してしまうのは、この世界では、私には不利だった。
私が噴水を覗き込んで、水面に映る自分の姿を見ていたとき、上の方から声がした。
「ミッシー、どうしたの急に元気がなくなっちゃって」
噴水の縁にスカイラーが片足で立っては両手を伸ばしてやじろべーのようにしてふざけていた。
「スカイラー、危ないよ」
「大丈夫さ」
こうやって時たま道化師のようにふざけてしまうスカイラーだが、そういう時は緊張感をほぐそうとしているときでもある。
私、いや、ミッシーとのデートに少し意気込んでいたのだろう。
あれだけモーションかけられたら、男はその気にもなって当たり前だった。
ミッシーの容姿は目立つし、恋人として紹介したら、男にはトロフィを見せびらかしているようなもんだった。
スカイラーはぴょんと飛び降りて私の前に立った。
「ミッシー本当に僕のこと好き?」
あれ? 好きって、私そんな言葉まだ一度も言ってないのだけど、スカイラーの中では私は言ったことになっている。
「えっ、そ、その、あの」
リセから離すためにただ騙してただけだが、ここまですぐに本気になられては、振るにも振りにくい。
ましてや、今は世話になってるし、邪険にもできない。
返事に困っているとき、スカイラーはいきなり私の腰に両手を回してきた。
そして強く引き寄せられて私の前にスカイラーの顔が迫ってきていた。