第三章 もう少しで思い通りになれそうだけど


 ずぶ濡れのまま、バスルームに入ろうともせず、立ちすくんでいる私の、いや、スカイラーの姿を見て、キュウジが後ろから声をかけてきた。
「一体何やってるんだ?」
「えっ、あっ、その」
「早く着替えないと冷えて体調崩しかねないぞ。そうなったら、俺らにも迷惑掛かってくるんだ。スカイラー、少しはメンバーの一員としてもっと自覚しろよ」
「わ、わかってるわよ」
「わよ?」
「だから、わかってるっていってんだろうがぁ!」
 いきなり男になりきれるものじゃない。
 無理をして男になろうと気張ってしまったが、どこか不自然でぎこちなかった。
 キュウジは首を傾げながら私を見ている。
 それがまた落ち着かず、余計に焦ってどのようにスカイラーとして動いていいのかわからなかった。
 とにかく着替えを済まさねばならないと、私は辺りをきょろきょろして自分の着替えがどこにあるか探した。
 自分たちの部屋を明け渡したとき、確かキュウジ達は必要な身の回りのものや着替えをここに持ってきてたはず。
 部屋の隅の段ボール箱が視界に入り、それだったと、私はそこへ行って箱の中を覗いた。
 中にはTシャツやジーンズ、そしてトランクス等が入っていた。
 やだ、スカイラーのパンツだなんて。
「おい、それは俺のだろ。お前のはあのビニール袋の中」
 えっ、これキュウジのなの。
 うそ。
 ひえぇぇ、なんだか頬ずりしたくなってくる程愛おしい。
 このトランクスも、頭に被って走っている自分を想像してしまった。
 こんなのめったに見られないと思うと、暫しじっと見つめてしまった。
「スカイラー、なにじろじろみてるんだよ、気持ち悪いだろうが」
「えっ、ごめんごめん、ちょっと思うことがあって」
「はあ? お前なんだか変だぞ」
 変にもなるわ。
 だって中身はスカイラーじゃないんだから。
 その時頭の上に、スカイラーの服が入っている大きな袋を落とされた。
「早く着替えろ」
 キュウジのぶっきら棒な声から、苛立ちが漂っていた。
 私はそれを掴んで、バスルームに入っていった。
 バタンとドアを閉め、そして目の前の自分の姿を鏡で確認する。
 やはりスカイラーがそこに映っていた。
 びしょ濡れになった髪を、後ろにやれば、同じように鏡の中のスカイラーもずれることなく同じ動作する。
 どうしてこう突拍子もなく憑依してしまうのだろうか。
 何かの衝撃が引き金となって、私は近くにいる人物に乗り移ってしまうのだろうか。
 自分の意思とは裏腹に、勝手にそうなるから防ぎ方もわからない。
 でも、こう立て続けに次々と憑依していくと、もしや、これはいつかリセに辿りつくということじゃないだろうか。
 このまま憑依し続ければ、いつしか私はリセになれる?
 その可能性も捨てきれない。
 私は鏡に近づいてまじまじとスカイラーの顔を見つめる。
 もう少しの辛抱だ。
 これを乗り切れば次はリセかもしれない。
 前向きに捉えるも、問題は何がきっかけで、憑依できるのかがわからなかった。
 ミッシーのときは婆さんが銃で撃たれたという衝撃があった。
 スカイラーのときも、頭を頭突いて刺激を与えたことで発生した。
 これって、痛みを伴う衝撃が加わったとき、近くにいたものへ、リープするということなのだろうか。
 リセにぶつかるなり、衝撃を与えたら、次はそこへ私は入り込める?
 だけど、スカイラーがどうやってリセにぶつかればいいのだろう。
 だけどやってみる価値はありそうだった。
 なんだか急に希望がみえたようになって、私はニヒヒと鏡に向かって笑ってしまった。
 そこにはスカイラーが映っていたので、その計画じみた邪悪な笑顔がとてもいやらしく感じた。
 スカイラーってこんなキャラじゃないのに、私のせいで変えられていくのがかわいそうになる。
 しかし、スカイラーがミッシーに無理やり迫らなければこんなことにならなかった。
 自業自得でもあるだろう。
 スカイラーのことなんて心配している暇はない。
 そして濡れていたシャツを脱ぎ、上半身が露になった姿を鏡で見れば、結構逞しいその胸板に私は目を見開いた。
「いい体つきしてるもんだ。へぇ」
 そしてパンツに手をかけようとして、はっとした。
 このままでは全部をじろじろと観察してしまいそうで、それは自分でもいけないことをしている抵抗があった。
 いくらなんでもやばいよな。
 考えたあげく、バスルームの電気を消して真っ暗にした。
 これなら見えないからいいだろう。
 潔く全てを脱ぎ、さっさと着替えようとしたそのとき、脱ぎ捨てた濡れたままのシャツをふんずけ、その感触につい驚いてしまい、後ろに跳ね除けた。
「うあぁ」
 その反動でバランスを崩してステンとひっくり返り、運悪くバスタブの縁で頭を打ってしまった。
 派手な音とともに転んだ後は何も覚えてなかった。
 再び目が覚めたとき、居間のソファに寝かされ、少し身を起こせば下半身の部分にタオルが掛かってあるのが見えた。
「スカイラー、お前大丈夫か?」
「えっ?」
「えっ、じゃないぜ。いきなり悲鳴が聞こえたかと思ってびっくりしてドアを開けたら、真っ暗なバスルームで素っ裸で倒れてたんだぜ。何やってたんだ?」
「素っ裸って、もしかして見たの?」
「おい、何を恥ずかしがってんだ。お前、風呂上りは平気で俺たちの前に裸をさらすくせに。いまさらなんだってんだ」
「えっ、そうなの」
「おいおい、頭打っておかしくなったのか?」
「多分そう」
 そういうことにしといて。
 私はスカイラーにはなりきれない。
 股間のタオルが落ちないように、それを支えながら身を起こそうとしたとき、誰かがやってきた気配がした。
「あの、氷嚢ありますか? ミッシーが少し熱っぽい感じなんです」
 キュウジの位置とリセの位置が被ってしまったので、リセの声しか聞こえなかった。
「わかった。今準備する」
 キュウジが氷嚢を取りに行くと、ソファーで裸で座っている私が丸見えとなり、リセは目を丸くして驚いていた。
 恥ずかしげに目を伏せて見なかったことにしようとする。
 私だって、中身は女なのに、自分の体がこんなになってしまってびっくりしてるのよ。
 私もいつまでもスカイラーでは居たくない。
 早くリセになりたい。
 そう思うと、ここは運を天に任せて、ミッシーだったときスカイラーに頭突いたみたいに、リセにも同じようにしてやろうと立ち上が り、リセに突進した。
 タオルがはらりと落ちて、素っ裸で突進してくるスカイラーに戦慄しリセは大声で悲鳴を上げた。
「キャー!」
 その声にびっくりしたキュウジが振り向き、氷を入れたばかりの氷嚢をスカイラーに投げつけた。
 それが見事に頭に命中し、その後は走ってきたキュウジに体を取り押さえられた。
「スカイラー! 一体何を考えてるんだよ」
「だって、だって」
 リセになりたかったんだもん。
 頭突いたらリセになれるんだもん。
 私の頭の中はそれしかなかった。
 そしてその後はまた泣きじゃくってしまった。
 どうしても自分の思うように行かず、変な方向へばかり行ってしまう。
 目の前にキュウジがいるのに、自分の妄想では今頃熱々でラブラブして幸せであるはずなのに、全然違うキャラクターになってばかりで全く上手くいかない。
 床に落ちていた氷嚢を拾い、キュウジはそれをリセに放り投げた。
「これをもっていってくれ。後は俺に任せろ。とにかくすまなかった」
 リセも言葉をなくし、その場から逃げるように、階段を駆け上がっていった。
 キュウジは泣き叫んでしがみついてくるスカイラーを受け止めながら、大きなため息を一つ吐いていた。
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