第三章


 温かなキュウジの手。
 暫しぽわーんとして、それに酔ってしまう。
 キュウジ、このまま抱いて。
「熱はないようだけど、お前さ、その潤んだ目はやめてくれ」
「えっ」
「時々冗談で絡んでくるけど、今日はやりすぎだぞ。俺が変な気になったらどうするんだよ」
「別にいいじゃん、それでも」
「馬鹿やろう! こっちも冗談で言ってるのに、それを真に受けてどうするんだ。」
 頭をパシッと叩かれた。
 冗談だったの?
 自分がスカイラーだという自覚が薄いから、こっちもそれでもいいって思ってしまう。
 スカイラーの体なら別にどうされてもいいわ。
 キュウジが他の女性とくっつくより、まだスカイラーとくっ付いてくれた方がいいと思ってしまうのは、巷ではそういう二次小説が多いから免疫ついてるのかもしれない。
 スカイラーになってから、キュウジと一緒に居られる時間も増え、親友だから常に一緒でも問題ないので、私も堂々と付きまとってしまう。
 これはこれで一緒に居ることが出来て悪くはない。
 でも、私の目的はキュウジとリセをくっ付けることだから、悠長にキュウジとこのまま一緒に過ごしてばかりもいられない。
 どうすれば、キュウジはリセを好きになってくれるのだろうか。
 ソファーに座って、キュウジは新聞を読んでいた。
 私はその隣に腰掛けて、その新聞を取り上げた。
「おい、何すんだよ」
「ねぇ、キュウジ、婆さんもくっつけたがってたけど、キュウジはリセと付き合おうとは思わないの」
「何を言ってんだよ」
「だって、あれだけかわいい子なんだよ。なんでキュウジはリセを好きにならないの?」
「あのな、そういうのは自然に事が運ぶプロセスがあるだろ。スカイラーの方が気に入って追いかけてるくせに。それともミッシーに乗り換えたのか? スカイラーは女ならすぐ追いかけるからな」
「そういうキュウジはどうなのよ。もしかしてリセよりもミッシーが好きとかなの?」
「はっ? なんでそうなるんだよ」
「でもなんかミッシーといい仲にみえたけどな」
「ああ、あれは、なんていうのか、ちょっと気になる部分があってさ、様子を見てただけさ。知ってる人に似てたっていうのか」
 えっ! ちょっとその話どういう意味? 知ってる人って誰よ! キュウジには好きな人がいるってこと? 嘘。そんなの設定してないよ。
「その知ってる人って誰、誰なのよ」
 思わず殺気立って顔が近づいてしまった。
「だから、そんなにくっ付くなって。なんか今日はいやに絡んでくるというのか、べたべたしてくるよな」
「そんなことはどうでもいいの。一体その似てる人って誰なのよ」
「それは……」
 キュウジは言うか言わないか考え込んでいた。
 結局言わないことを選んでしまった。
「…… もう、いいじゃないか。スカイラーには関係ないから」
 えっ、そんだけ迷って一体何を考えてたのよ。
 なんで、教えてくれないのよ。
「いや、大いに関係ある。その似てるって言う人のこと好きなの?」
「えっ、そ、それは」
 ちょっと待ってよ。嘘でしょ。キュウジに好きな人がいるなんて訊いてない。
 いつだってリセが好きで、リセ一筋で、リセの事ばかり考えてるキュウジが……
 こんなことって。
 やはりこの世界は何かが狂って、私の思い描いたものが上書きされている。
 キュウジが、とてつもなく遠くに行ってしまったようで、私は悲しくなってまた目が潤んでくる。
「キュウジ! いや、いや、いや」
 私は気持ちのまま抱きついた。
「だから、やめろって、スカイラー、やっぱりお前、頭がおかしくなってるぞ。おいっ」
 私はキュウジを勢い余ってソファーに押し倒してしまった。
 スカイラーの体はやはり男で、力が思ったより強く出せる。
 スカイラーが今、攻めにはいってしまった。
 キュウジは受け……
 そんなことを考えながら上からキュウジを見たとき、ぞくぞくしてしまった。
 このまま勢いでキスしてしまおうか。
 自分からキュウジを襲うなんて思いもよらなかった。
 その時、階段を下りてきたリセが居間にやってきた。
 誤魔化しがきかないほど、ソファーの上で男が絡んでいる姿を見てショックを隠しきれず、持っていた氷嚢を落としてしまった。
「ご、ごめんなさい。邪魔して」
 私もキュウジも我になって『うわぁ』とあたふたしてしまった。
 キュウジは私を跳ね除け、慌てて立ち上がった。
「あっ、氷嚢の氷だね。ちょっと待って」
 スタスタと何もなかったように歩き、落ちていた氷嚢を手に取って、キッチンに向かった。
 リセはどうしていいのかわからずに、もじもじとただその場で居心地悪く立っている。
 ちらりと私をみては、目を伏せた。
 私も、何を言っていいのかわからない。
 ただ一ついえることは、また一歩リセとキュウジがくっ付く話は遠ざかったということだった。

 その晩、ジェスが食事の用意をするも、ミッシーの気分はよくならず寝ているだけだった。
 時折、くしゃみの音が聞こえたので、あれは風邪も引いたのかもしれない。
 怖い思いをして、風邪まで引いたら、そりゃ気分はすぐれないだろう。
 ジェスが特製のスープを作り、リセが無理にでも飲ませ、そして風邪薬も服用した後、ミッシーは再び眠りについた。
 リセもミッシーが心配で食欲がない様子で、同じように早めに寝床についた。
 ジェスもキュウジも心配しているものの、私だけが、自分の問題の方が気になって、つい自棄食い気味だった。
 キュウジに気になる人がいるなんて、考えただけでも恐ろしい。
 その女性は自分の知らない人なだけに、想像がつかなくて、どこにこの嫉妬をぶつけていいのかもわからない。
 誰だよ、その女は。
 リセと運命的な出会いをしなかったせいで、キュウジの心は愛の化学反応を起こさずに、私の知らない話が存在して、そこにキュウジの気になる人が潜んでいたなんて、こんなことってありなの?
 私が創った物語は、キュウジがリセと出会うところから私の妄想が全開する。
 それが発生しなかったということは、それ以前のことが後を引っ張っているということである。
 一体、その女性は誰であるか。
 エピソードには、ピッチフォークが依頼を受けたときに、係わった人物は多数いる。
 その中に、女性も確かに存在していた。
 だけど私にとっては、ただの物語に必要なその場限りの存在であって、重要視してなかった。
 もしかしてその中にいるのだろうか。
 一体その気になる女性とは誰なんだ。
 自分でも心当たりがないだけに、考えたら、イライラしてきて気持ちが治まらない
 酒でも飲まないとやっていけない気持ちになったので、何かないかと冷蔵庫を覗きにいった。
 朝開けたキュウジの白ワインをみつけ、それを手にして振ってみた。
 まだボトルに半分以上残って、液体がゆっくりと波打った。
 それを迷わずグラスに注いだ。
「スカイラー、それは俺のワインだぞ。まだ俺飲んでないんだぞ」
「飲まないキュウジが悪い」
 別にキュウジは悪くないのに八つ当たってしまう。
 キュウジに好きな人がいると思うだけで、メラメラとジェラシーが湧き起り激しく怒りがこみ上げる。
 私はグラスについだワインを見つめ、一気に水のように飲んでやった。
「おい」
 キュウジもジェスも呆れていたが、その後は何も言わなかった。
 キュウジは、ワインを飲まれてしまった怒り、ジェスは元々詮索しない放任主義だからだが、その前になぜワインを飲むとかきいてくれたらいいのにと、聞かれても自分でも答えようがないのに、矛盾したことを願ってしまう。
 ボトルとグラスを持って派手に椅子に座り込んだ。
 それでも二人は私を無視してもくもくと食事を続けていた。
 誰にも気遣ってもらえない惨めさ、持っていきようのない気持ちから逃げ出したくて、ボトルに残っていた全てをグラスについで飲み干してし まった。
 しかし、スカイラーが下戸だったとは飲んでみるまで知らなかった。
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