第四章 結末は果てしなく、そしてその後も続いて・・・
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看護師が労わりながら支えられて入ってきた人物は、松葉杖をついてひょこひょこしていた。
パジャマを着た男性だったが、私はその松葉杖に気を取られていたので、ベッドの近くに来てもしっかりと顔を見てなかった。
看護師が椅子を用意し、松葉杖を受け取って適当に置いてから、その男性をそこに座らせると、あとは邪魔をしてはいけないと気を利かして去っていった。
バタンとドアが閉まって静かになったその時を見計らって、その男性は優しく微笑んで私を見つめた。
「やっと会えたね、ハナ」
あたかも私の事を知っているような話方に驚き、私はこのときになってその男性の顔をまじまじと見た。
見たことがあると思うのと同時に、誰かに似ていると感じながら、知っているのにはっきりと認識できない不思議な親しみがあった。
そして男性は手にしていたノートを私に差し出した。
そのノートは血が所々について、それがしみとなって生々しい。
だけどそれを良く見れば、私の妄想が一杯詰まったノートだった。
「あっ!」
と声が上がると、その男性はクスクスと笑い出した。
「もしかして、これ読んだの?」
「ああ、暇だったから読ませてもらった」
「そんな」
顔を真っ赤にして恥ずかしがっていると、男性は優しく言った。
「このノートのお蔭で全てを把握したんだ。不思議だったことが全部わかった」
「えっ、どういうこと?」
私はノートをめくってざっと目を通した。
自分が書いたノートだから、何度も読んでは、どこに何が書かれているくらいか把握している。
だから、目を通したとき、違和感にすぐに気がついた。
そのノートに書いてあったことが、私が書いた話ではなくなっていた。
いや、厳密に言ったら、私も知ってる話なのだが、それは私が夢で体験した話の筋になっているではないか。
私はこんなの書いてない。
創造した話と全く違う。
だけど、この話をそっくりそのまま私は夢で体験した。
どうなってるの。
「なんだか混乱してるようだね。そのノートの一番最後に書かれている部分を見てごらん」
私は、なんのことかわからないまま、いわれた通りにそのページを開けた。
すると、今、この男性が喋った言葉がそこに書き込まれていた。
しかも、私が考えていることが、字となって勝手に現れてくる。
「これどういうこと」
「まだわからないかい?」
男性は、前のページの部分をめくって、この部分を見ろと指をさした。
そこは色が変わって書かれていて、このノートの字と違う。
そこを読めば、私が婆さんだったときに病室でみつけたキュウジの手紙の部分が書かれていた。
「この部分は絶対君に読んでもらえると思って、俺が書いたんだ。俺からのメッセージちゃんと読んでくれたんだろう?」
「嘘! それって」
「だから言っただろう。やっと会えたねって、ハナ」
「えっ、キュウジ…… 本当にキュウジなの?」
「うん」
その男性は自信を持って首を縦に振っていた。
にっこりと笑うその笑顔と、アニメのキュウジの顔がその時一致した。
この世界では、リアルの姿となっていた。
よくよく見れば、本当にキュウジだ。
一度そう思ったら、キュウジにしか見えなかった。
私はがばっとベッドから飛び起きて、キュウジに抱きついた。
「相変わらず、抱きつくのが好きだな。そしていつも派手に泣くんだよな」
「あーん、あーん、キュウジ、キュウジ!」
キュウジもしっかりと私を抱きしめてくれていた。
信じられないけど、私があの世界に行ったのは本当だった。
そして今度はキュウジがこの世界にやってきてくれた。
後で看護師からきいたら、あの交通事故の時、私を助けようとしてくれたのが、この青年だった。
そういえば、私が車にはねられる前にキュウジに似てる人が居ると思ってよそ見してたことを思い出した。
私が跳ねられた後、キュウジが側に走り寄ってきたと思ったのはこの人だったんだ。
だけど、運悪く後から来た車に轢かれてしまい、二重の事故がその時起こってしまった。
二人とも意識不明の重体に陥り、この病院で治療を受けていたという訳だった。
青年の方が打ち所が悪く、私よりも酷い怪我をしてしまい、医者も回復の見込みがなく絶望的になっていたが、ある日、奇跡が起こったように意識が回復したそうだ。
その時、あの世界で撃たれたキュウジがこっちに来て、その青年の体の中に入ったということなのだろう。
あの時見たあの黒い影も医者で、この世界とあの世界が繋がっていて上手く助けてくれたということなのかもしれない。
あの人影は治療を施して、二つの世界の間で生命を繋げてくれるものとして存在していたに違いない。
私も二つの世界を行き来して、再びこっちに戻ってくることができた。
キュウジも最初は何が起こったかわからなかったけど、車に轢かれた青年の持ち物の中にこのノートが紛れ込んでいて、それで読んで全てを把握することができたと言うわけだった。
「俺は、ハナが婆さんであったときも、ミッシーであったときも、スカイラーであったときも、そこにハナの本当の姿が時々垣間見えてたんだ。なぜそんな現象
が起きるのだろうって不思議だった。ハナが気になって仕方がなかったから、どんな姿の君でも、俺はいつもハナを見ていたんだ」
「だから気になる人が居るっていったのは、私が見えてたから私の事っていう訳なんだ」
キュウジは大きく頷いた。
キュウジが私の事を気に掛けていてくれたなんて。
道理でリセに惚れなかったってことだ。
あの時、婆さんの姿であってもキュウジとぶつかったから、キュウジはそこで私に恋をしてくれたってことになる。
私が最初に考えた話どおりに、それは本当に恋の始まりのきっかけになっていた。
「俺、ハナに会うためにここまで来たよ。ハナが大好きだ」
「キュウジ」
私はキュウジに抱きしめられ、そのぬくもりを肌で感じていた。
この幸せに怖くなり、本当にここでの世界が、私の元いた世界なのか、また新たな別の平行世界にきてしまったのか、混乱してきた。
でも一つだけ言えるのは、どこの世界であろうと、それは私の世界ということだった。
ここからは私とキュウジが一緒に創り上げていく。
いつまでもこの幸せが続くように、私はこの世界でキュウジと一緒に生きていく。
そう思ってキュウジを見つめると、キュウジは思いが爆発したように私にキスをした。
そのキスで私は目覚めてしまい、今度は私からもキスのお返しをした。
キュウジよりももっと熱く、もっと吸い付いたものだった。
その後は二人一緒に笑いが止まらなかった。
私はノートの最後のページを開け、『そしていつまでもその幸せが続きました。THE END』と書き込んだ。
The End