第四章


 私は一体どこに来てしまったのだろうか。
 気がつけば、見知らぬ世界にきてしまった。
 でもここは平和で悪くはない。
 ただ雨は降っているけれど、それもそのうち晴れることだろう。
 傘なんて差すのも久しぶりだ。
 どんなに雨が降っても濡れて歩くのが、私が元居た世界だった。
 雨なんて気にする暇もないまま、過酷に命がけだった厳しい世界だった。
 ここはささいな雨も気になるほどに、全てが平和だ。
 この雨も、傘がなくてもあまり困らない霧雨かもしれないが、ふと見れば、一人だけ傘を持ってない女の子が前方に立っていた。
 信号待ちで傘もなくじっと立ってたら水滴がつくばかりだろうに、女の子が霧吹きで水を掛けられたように髪が濡れているのを見ると放っておけなくなった。
 不意に現れた懐かしい気分が甘く胸を突き、女の子の隣に立って、その子の頭上に傘を差してやった。
 その子は驚いていたが、にこっと笑って…… というより、なんかニタって笑っていた。
 一緒に信号を渡っているときも、私の顔を見てニタニタ笑っている。
 彼女はまるで私を知っているかのように、親しみをこめているかのようだ。
 渡り終わったとき『ありがとう』といわれたが、その後は嬉しそうに走っていった。
 暫くその後姿を目で追っていたら、前方で待っていた青年に飛びついていた。
 愛しているといわんばかりに、その青年も恥ずかしげもなく抱きしめる。
 まさにラブラブという言葉が似合っていた。
 何かを思い出す。
 かつての、あの優しさをくれた女の子のことを。
 雨はいつしか止み、私は傘を閉じた。
 西の空が明るく日が差している。
 そこには希望が一杯詰まっている、そんな気持ちになって、私はしっかりと自分の足で前を歩く。
 そして周りを見れば、誰もがこの世界でしっかりと歩いていた。
 今は自分がいるこの世界のことしか考えられないように──。

 The End
inserted by FC2 system