遠星のささやき

第一章

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 そして高校入学を待つ間の春休みのこと。
 春と言えば桜の花。
 だけど私はなぜか蓮華の花が一番最初に浮かぶ。
 近所の田畑では蓮華の花が沢山咲きほこってたから。
 もっと子供の頃は田んぼがレンゲの絨毯になるくらいあたり一面ピンク色だったけど、春が来る度どんどん減っていってるように思う。
 私の住んでる場所はのんびりとしたのどかな田舎町。
 山もすぐ近くにあり、気が向いたら散歩がてらに登る人も多い。
 その蓮華の花に覆われた田んぼに囲まれるように、結構有名なお寺が私の住んでいるところにはある。
 後に世界文化遺産に指定されることになるけど、小さい頃から当たり前のようにそこにあるからそんなにすごいお寺だと私は感じない。
 でもあの事があってからは私の人生には切り離せないくらいの重要なスポットとなってしまった。

 毎年春になるとそのお寺では特別行事が行われ、それにあやかって屋台が集まり、雰囲気はワクワクするような楽しいお祭り騒ぎとなる。
 前の年は佳奈美と一緒に来たけども、今回は佳奈美は用事があって行けないので、私もパスするつもりでいた。
 だけどあまりにも暇だったので、散歩ついでに一人でぶらっと気ままに見に行った。
 内容は前回とそんなに変わらなかったけど、お店の数は前の年より減って いたような気がする。
 別に買いたいものもなかったが、人ごみにまぎれて、屋台のにぎやかな雰囲気の中を気ままに歩いていた。
 こういう雰囲気はやっぱり好きだなと顔も自然とほ ころぶ。

 そしてパイナップルとバナナのチョコ掛けの屋台の前を歩いたときだった。
「ちょっとそこのお嬢さん。一個買わない? 君かわいいから特別大きいのあげるよ」
 思わず辺りを見回してその言葉が自分に発せられたのか確かめてしまった。
「そうそう、君だよ君。他に回りにかわいい子いないだろ」
 思わず顔が赤面してしまう。
 その人は、少し日に焼けたような小麦色の肌をしていて、白い歯を見せてにかっと私に笑っていた。
 ねじりハチマキを頭に、祭りの法被を着ている。
 この日の 雰囲気に 溶け込むほど とっても似つかわしい。
 そして今まで好きになったどの男の子よりも大人に見えた。
 彼の笑顔からでる波長が急に私のハートに訴えかけて、鼓動が激しく動き出す。
 その瞬間からドキドキがたまらなくなった。
 今まで経験したことのない感情。
 体の中でお祭りが始まった感じ。
 賑やかにピーヒャラ、ドンドンっていうノリの騒がしい胸騒ぎだった。
「おい、三岡、彼女怖がってるじゃないか。なれなれしく声かけるのやめろ。だから余計に客が逃げちまうんだろうが」
 隣にいた男の人が言った。
「えっ、俺怖がらせちゃったのか。参ったな。とにかく、君ちょっとこっちこいよ」
 三岡と呼ばれた男が私に 手招きしている。
 私は術にでもかかったようにそこへ引き寄せられた。
 まじかで彼の顔を見る。
「これ、食えよ。金はいらね。怖がらせちゃったお詫び。でもちょっと店手伝わないか?」
 割り箸にさしたチョコがかかったパイナップルを手渡されて、「ありがとう」と素直に受け取ったものの、私が店を手伝う? 展開が飲み込めない。
 だけどこの人の笑顔がかわい過ぎて動けなかった。
 そして手にはプレゼントされたパイナップル。
 もう断ることもできない。
 店の後ろに回りこめと指図され、屋台の中に入る。
 そこにはもう二人の男の人がいた。
 折りたたみの椅子を出されて、座らされる。
 ただぼーっとパイナップルをもったままじっとしていた。
 私何してるんだろう。

「俺は三岡誠也、通称ミオカ。そのまんまだけど。そんでこいつが内元恭一郎、通称うっちゃん。そしてあそこでパイナップル切ってるのが佐山 智則、通称ト モ。そんで君の名前は?」
「私、滋賀 理沙子…… です」
「じゃ、リサって呼んでいい? よろしくな。もたもたしてないで、そいつ食っちまいな」
 リサといきなり呼び捨てにされた。
 この人一体私をどうするつもり。
 訳がわからないまま、とにかくパイナップルを口にした。
 とてもひんやりしていてちょっ ぴり甘酸っぱかった。
「へい、いらっしゃい!」
 ちょうど客がきて、三岡君は接客をしにいった。

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