5
無気力な状態で自分のマンションに戻ってくる。
薄暗い部屋に入り、ドアを閉め狭い玄関で靴を脱ぐ前にぼーっとしてしまう。
納得して全てを受け入れる覚悟はしていても、現実の喪失感は想像などできぬくらいの膨大な容量だった。
靴を無造作に脱ぎ、足に重りをつけたようにだるく部屋に入っていった。
電気をつけようとしたとき、薄暗い闇からぼわーと小さな赤い光が目に入る。
なぜかそのときピリッと体に電気が走りぬけたようにビクッとしてしまった。
三岡君からのメッセージ──。
その時は漠然といい連絡じゃない気配がした。
でも自分なりに覚悟はしていたし、別れの予感もあり、これ以上衝撃は受けることはないと思っていた。
だから恐れずに留守電のボタンを押した。
「もしもし、リサちゃん。俺、トモ…… あっ、あのさ」
三岡君だろうと思っていただけに、ガクッとなるくらい拍子抜けした。
私の電話番号を知ってもう早速連絡してきたのかと、半ば呆れるように聞いていたが、内容が頭に入ったとたんすとんと穴の中に落ちたように私の顔から血の
気が引いた。
手が震え、崩れるように床に尻餅をつく。
「嘘、そんな、嘘に決まってる」
喉から搾り出すような悲痛な声が途切れながら洩れた。
三岡君が自宅で首吊り自殺を図った……
トモは確かにそうメッセージを残していた。
私は気が動転して、何をどう考えていいのから判らない。
半狂乱になりながら、トモに電話をしようとするが、番号を何度も押し間違えて、上手く掛けられない。
息が荒くなり、胸が苦しい。
それでも必死にトモの電話番号をプッシュする。
呼び出し音が鳴る。
「トモ、早く出て、早く」
でもトモは家にいなかった。
何をしていいのか、どうしていいのか、まるで夢の中にいるような気分だった。
体が動かないし、思考力も働かない。
圧迫されたように息苦しく、閉塞感で気が狂いそうになった。
「落ち着かなくっちゃ、落ち着かなくっちゃ。トモはまた電話を掛けてくれるに違いない」
私はそれを信じて悲嘆な顔で震えながら電話を見つめる。
部屋の電気もつけずに暗闇の中で、ひたすら電話を待つ。
喉がからからと干からびたようになり、何度も唾を飲み込んだ。
悪い冗談でも聞かされて、騙されてるだけだと何度もメッセージの言葉を否定し続ける。
体中の血がドクドクと恐ろしい速さで流れているのを感じ、鼓動が痛いほど胸を打つ。
一生目覚めることのない長い夢の中を彷徨い、見えない出口を無我夢中で探すように電話のベルが鳴ることを必死に祈っていた。
どれくらいそうやってずっと動かなかっただろう。
やっと電話が鳴ったときは、全身を持ち上げられたように驚いた。
私はすぐ手を伸ばし受話器に飛びつく。
トモの私の名前を呼ぶ声が聞こえたとき、私は受話器をもって震えていた。
うろたえている喘ぎ声のような声がトモに伝わる。
「リサちゃん、落ち着いて。三岡は生きてるから。今病院で入院している。一命は取り留めたそうだ。だから大丈夫だから」
「トモ、私、私……」
「判ってるって、何も心配することないんだって。明日一緒に会いに行こう。なっ、だから今日はもう寝ろ」
「どうして、どうしてこんなことを、私のせい?」
「リサちゃん、自分を責めるんじゃない。君は何も悪くないんだ。明日、三岡に会いに行くんだ。俺がなんとか会えるようにするから。仕事休めるだろう?」
「うん。わかった。明日迎えに来てくれる?」
私はマンションの場所を伝えて、電話を切った。
まだ頭の中が整理できてない。
三岡君が自殺未遂をした。
ここに泊まったことも、トモとうっちゃんに私の連絡先を教えたのも、寂しそうな目で私を見たのも、全て覚悟を決めてのことだったの?
私、なんでそんな異変に気がつかなかったんだろう。
てっきり私と別れる準備をしていたとしか思えなかった。
三岡君は生真面目なのは充分すぎるほど判っていたのに、三岡君の本当の気持ちまで判ってあげられなかったなんて、私最低だ。
三岡君はそこまで追い詰められていたなんて。
こんなことになるくらいなら、もっともっと早く別れを切り出して解放してあげればよかった。
私が想い出の祭りにこだわったから、引き伸ばしてこんなことになったんだ。
トモは自分を責めるなといったけど、その原因を作ったのはこの私の何者でもない。
私は電気もつけず暗い部屋の中で小さく縮こまっていた。
早く朝になれと願いながら──。