4
三岡君の顔は前の二人を見ているのに、手は私に触れていた。
それはとても自然に、違和感なく、座席に何気なく置いていた私の手を上から重ねるように握っていた。
人と人が触れ合うってこんなに温かいものなのかと思う程、初めて男の人に手を握られた衝撃は心に隕石が落ちたような衝撃。
胸の中で大爆発を起こしたようなドキドキと燃える熱さを感じる。
三岡君の手は大きくて、手の厚みがわかるほどぎゅって力強く握っていた。
私は固まって動けない。
動いたら油の切れたブリキのようにギギーと音がなりそうなくらいぎこちなくなりそうだった。
三岡君がそっと私に振り返った。
その目はどこか寂しそうで、やってはいけないことをやってしまって自分でも戸惑っているようだった。
私はそのときどんな顔をしていたのだろう。
表面だけの冷静さは辛うじて保っていたが、笑っているわけでもなく、恥ずかしがっているわけでもない。
私も困惑して憂いを帯びた表情だったかもしれない。
心臓がドキドキした後、妙に切ない気持ちに囚われて息苦しくなっていった。
暫く三岡君に握られるままになっていたけど、私達の間には言葉がなく、お互いの手の温もりだけで心の中で会話をしていたような気分だった。
今だけはこうしていたいって、そんな気持ちがお互いあったと思う。
車が止まると、三岡君はさっと自分の手を引っ込めた。
何も言わずにうっちゃんとトモに声を掛ける。
「この辺で飯でも食おうか」
「リサちゃんは何が食べたい? 好きなものってなんだい」
うっちゃんが聞くが私は何でもいいとしか言えなかった。
落ち着いて話せるほど気持ちはこのときまだ収まっていない。
三岡君とうっちゃんが食べ物のことで話し合ってるときに、トモがボソッと言った。
「お好み焼き屋があそこにあるけど」
トモが指を指すと全員そこを見た。
あっさりとそれに決まった。
お店は古風な古臭さがあったが、ガラガラとドアをスライドさせて暖簾を潜ると、目の前に鉄板のカウンターが飛び込み落ち着いた懐かしい雰囲気でとても店
に入りやすかった。
お客は自分達だけで貸切状態の気分。
壁際の鉄板のテーブルに私達四人は座った。
トモとうっちゃんは隣同士で私は三岡君のとなり。
まだ私は話せない状態だった。
メニューをみても、目が滑って頭に入らない。
「リサ、もしかしてお好み焼き嫌いか?」
三岡君が声を掛けてきた。
「えっ、ううん。大好き。だけどどれにしようかな」
あまりにも慌てて答えてしまって自分でもわざとらしいと思った。
三岡君は私が動揺していることを悟ったに違いない。
申し訳なさそうに声を掛ける。
「すまなかったな。つい我慢できなくて……」
「えっ?」
三岡君は手を繋いだことを意味していたんだと思う。
だけどうっちゃんは何も知らず後を続けた。
「三岡はお好み焼きが大好きなんだ。こいつ焼くのもうまいんだぜ。屋台でお好み焼きのアルバイトもしたことあったしな」
「ああ、そうだったな」
うっちゃんに合わせるように三岡君は答えていた。
私もドサクサに紛れて言ってみた。
「気にしないで、私も嬉しかった…… お好み焼きで」
三岡君に伝わっただろうか。
ちらりと彼を見てみた。
私の言った意味が通じたのか三岡君は首を縦に振ってサインを送っていた。
その時、うっちゃんとトモはメニューを見てどれにするか決めかねている。
私達がお互い意味ありげに見つめていると、三岡君は私達の言葉の裏に隠された本当の意味が、他の二人に伝わってないことがいかにもおかしそうに、白い歯
を見せて笑っていた。
私は急に肩の力が抜けて、緊張が解けたような気になった。
ふと前を向いたとき、トモと目が合った。
トモは愛想笑いをすることもなくはっとするように私からすぐ目を逸らし、じっとメニューを見つめだした。
何か私に言いたかったのだろうか。
三人の中でトモだけはつかみ難かった。
それに比べうっちゃんは雰囲気を作ったり盛り上げたりする存在で、へらを使ってはトモや三岡君にちょっかい出してチャ
ンバラみたいにして遊んだり、テンポよく掛け声を掛けながらお好み焼きをひっくり返すイメージトレーニングをしたりとお祭り騒ぎになっていた。
それが素直に面白く楽しかった。
うっちゃんは人付き合いに慣れているのだろう。
トモと比べると雲泥の差がありありと見えた。
お店のおばさんがテーブルにやってきて私に耳打ちをする。
「こんなハンサムさんたちに囲まれて、あんたすごいな」
やっぱりおばさんの目からみてもこの中に私がいるのはすごいことなのかと、優越感にちょっと浸ってしまった。
少しいいことがあると調子に乗ってしまうのは私の悪い癖なのかもしれない。
だから注意も払わず歩いて少し躓けば、後は簡単にこけてしまう。
そのきっかけはどこにあるかわからない。
それはいつも突然やってくるものだから。
そういうことも考えられず、私は顔の筋肉が痛くなるくらいの笑顔でこの時を楽しんでいた。
そのきっかけがやってくるまで──。