遠星のささやき

第四章 はっきりできない思い

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 材料が運ばれてくるとみんな好き好きにお好み焼きを焼きだした。
 私のお好み焼きは三岡君が解説つきで焼いてくれた。
 ただ混ぜて焼くだけだというのに、三岡君が話すときっちりとした講座を受けている気分になってくるから不思議。
 私も真剣に聞いているフリをして、お好み焼きのヘラを持つ彼の手をじっと見つめる。
 あの手で私の手を握ってくれたと思うとお好み焼きを焼く仕草にドキドキしてしまった。
 お好み焼きもジュージューと音を立てている。
 三岡君に焼いて貰って喜んでる音に聞こえてしまう。
 それとも私の恋焦がれた気持ちを代弁してくれているのだろうか。

 他愛もない話を適当にしていたけど、私の頭の中は三岡君に思いがけずに手を握られたことにまだしつこくこだわっていた。
 胸のドキドキも正直心地よかったほど、余韻も残る。
 普通に話をしながら時々三岡君を見つめているが、三岡君は手を握ったことも忘れているかのように普通に接してくる。
 時折、うっちゃんとふざけたことを話して大笑いしていた。
 トモは相変わらず大人しくその場に座って自分のお好み焼きを焼くだけで、羽目を外してまで会話に参加することはなかった。
 うっちゃんやトモとは私も話を振られればそれなりに話していたが、私は常に三岡君を目で追っていた。
 それは目の前の鉄板のように熱く見てたかもしれない。

 三岡君を観察すればするほど、私のことをどう思ってるか全く、その心情はわからなかった。
 私がこれほど心を囚われているのに、彼はそんなそぶりも見せない。
 これは一種の遊び、興味本位で手を握っただけなのだろうか。
 人間ならチャンスがあればそういうずるい感情を持ち合わせているとは思う。
 どんなに常識を頭でわかっていながらも、感情が入ればあっさりと間違ったことをしてしまうのが人間だと私は常日頃思ってるところがある。
 要するに冷めた目で見られるというのか、大人ぶっているというのかここが私のかわいくないところ。
 雰囲気に飲み込まれたりしたら人ってどこまで自分を制御できるというのだろう。
 私は特にそこまで真面目じゃないからある程度の暴走は仕方がないと割り切っている。
 そうじゃなければ学校で禁止の化粧をしたり、髪の色を少し茶色にしたりなんてしないと思う。
 先生に怒られても規則を破る。
 それが判っているけどやってしまうっていう行動だと思う。
 だから三岡君が私の手を握ってきたのも深く考えたらいけないのかもしれない。
 考えないようにした方がいいのだろうけど、やっぱり感情が先走ってどうしても自分の中の気持ちは整理しきれない。

 たかが手を握られたぐらいなのに、私の心は刻印を押されたように三岡君で一杯になっていた。
 それをいちいち自分の言葉に変換してはあれこれ理屈をつけて哲学を問うように納得しようとしている。
 たまたまそこに手があったから、たまたま側に居て興味本位で握ってみたかったから、ただ魔がさしただけとかなんとか頭の中でぐるぐると理由をみつけよう としている。
 私が本気で相手にされる訳がない。
 偶然の産物。
 私も本気にしちゃだめ。
 これが自分の弱みを見せたくないプライドなんだろうか。
 三岡君と同じレベルになりたいとどこか無理して大人びようとしているようにも思えた。
 そう、無理をする──。
 だからこの時、手を握られても、三岡君と一緒にいても、心は溺れて何かを掴もうとするようにぐっと胸が詰まったように苦しくなった。

 三岡君が焼くお好み焼きに再び視線が向く。
 全ての具が混ざり合い、じゅーじゅーと徐々に焼かれていく過程は、お好み焼きも完全な形になるために色々と混ざり合って熱い鉄板の上で耐えているんだろ うなと思ってしまった。
 私も複雑な感情を抱き、三岡君という存在に心が燃えている。
 この後どうしたいんだろうとお好み焼きに自分を喩えてしまう。
 私は三岡君に焼かれているお好み焼きなんだ……
 三岡君の焼き方次第でどうにでもなってしまう。
 そしてじーっとお好み焼きを見ていた。
 そんな私の姿を見て三岡君が言った。
「そんなに腹へって、待ちきれないのか?」
 軽く笑いも添えてくれるが、この状況をなんとかしたいと言う点では早く楽になりたい。
 私は「うん」と言ってしまった。
 みんな簡単に笑ってくれるけど、それに合わせて愛想笑いするのも大変なんだから。
 自分を嘲笑っているみたいだった。
 私は八つ当たるようにヘラでお好み焼きを上からポンポンと叩いてしまった。

 三岡君は本当にお好み焼きを焼くのが上手かった。
 手つきもプロっぽかったし、ひっくり返すのもエンターテイメントのように鮮やかだった。
 鰹節を掛けると、ゆらゆらと生き物みたいに揺れて、きれいに仕上がったことをお好み焼きも喜んでいるように見えたくらい。
 そして食べても今まで食べた中で一番美味しかった。
 その理由は言わなくても自分で判っていた。

 
 お好み焼きを食べた後は適当に辺りを散策することになった。
 これといってあてもなく、ただぶらぶら歩く。
 ここはある程度の観光地。
 修学旅行でもよく候補にあがるようなところ。
 お寺や人が集まる情緒溢れる場所に恵まれ、いつも観光客で賑わっている。
 そういう所を三人に囲まれ一緒に歩いていた。

 三岡君がうっちゃんと話をしているときだった。
 私が周りの景色に気を取られてる隙に二人から少し離れてしまう。
 それを待ってたかのようにトモが早足に歩き近づいて後ろから声をかけてきた。
「リサちゃんも、俺と似ていてなんか不器用そうなところがあるね」
「どういう意味? どうしてトモにそんなこと言われなきゃならないの」
 私はちょっと気を悪くすると、トモは苦笑いになって焦って、慌てて弁解する。
「見てたらわかったんだ。何かにこだわって自分の感情を押し殺してるようなところ。俺も同じだから」
 トモの言葉に私はドキッとした。
 トモは見てないようでちゃんと見ていた。
 いつそんなに私のことを観察していたのだろう。
 ぼーっとしているようでちゃんと考えることはしっかりしていた。
 だけど自分が少し見下している男に、同じ類の人間と位置づけられるのは悔しかった。
「だから、それがなんなのよ」
 トモにはお構いなくつっけんどんになって怒ってしまった。
 トモの前だけ自分の感情をストレートにぶつけてしまったことに気がつくと、トモに気を許しているみたいでまたそれが悔しくて、もうそれ以上トモと話すの をやめた。
 私は小走りに走って三岡君とうっちゃんの側についた。
 トモは後を静かについてくるだけだった。
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