遠星のささやき

第六章

2 

 どんな顔をしていつもの場所に向かおう。
 改札口を出てにやけそうになる顔を無理に堪えながら、平常心を保とうとする。
 心はうきうき、それでも抑え気味に照れた気持ちをうまく処理できずたどたどしく広場に向かう。
 少し俯き加減に、そして外に出たとたんにぱっと顔を上げる。
 そこに三岡君の顔を想像しながら──。

「あれ、まだ来てないんだ」
 少し早く来すぎたのか、いつもそこに居ると当たり前に思いすぎて、まだ来てないことがわかると結構がっかりしたものだった。
──多少待つのもいい。
 気を取り直して、背筋が伸びた。
 その方がもっとドキドキが増して劇的になりそう…… などと幸せの時はどんなことも楽しさに変えられた。
 日曜日はここで待ち合わせをする人が多いのか、私のように待ってる人が結構いた。
 どんな風に相手を待っているのだろうと、ちょっと気になって観察してしまう。
 相手が現れると皆幸せそうに笑顔でお互いを見詰め合っている。
 私もこんな風に周りから見られているんだろうかとくすっと笑ってしまった。
 
 最初の10分はそんな感じで余裕だったが、そこから時間が刻々と経つとハッピーフェイスの様に上がっていた口元がどんどん下に垂れていく。
「あれ、どうしたんだろう」
 次は不安がよぎり、待ち合わせ時間を間違えたのかと心配事が募っていく。
 腕時計を何度も見て、辺りを見回す。
 約束の時間から30分経つとさすがに我慢できなくなってきた。
 公衆電話を見つけて、三岡君の所に電話してみた。
 三岡君はまたトモと一緒に住んでいる。
 電話の呼び出し音が暫く鳴って、出てきたのはトモだった。
 起きたばかりのような「もしもし」という眠そうな声がした。

「あ、トモ、三岡君はまだそこに居る?」
 私がそう聞くと、トモは怪訝な声を出した。
「えっ、疾うにでかけたけど、今日会う約束してたの?」
 もしかしたら二人っきりになるために三岡君はトモやうっちゃんに内緒にしていたのかもしれない。
 でもトモは動揺しているのか、急に落ち着きを失った。
「なんか知ってることあるの?」
「うん、それが、朝から電話がかかってきて、三岡がそれを取ると血相を変えて出て行ったんだ。だからリサちゃんと会う約束があったなんて知らなかった」
「その電話誰からだったの?」
「それは多分あの話方からして……」
 トモはとってもいいにくそうにしてたけど、私には嘘をつけなかったみたいでその後正直に言ってきた。
「…… 美幸だと思う。でもはっきりしたことは俺もわからない。俺の勘違いかもしれない。俺も寝てたから」
 率直に言った割にはその後いい訳がましかったが、私は頭が真っ白になるほど”美幸”という名前を聞いて充分ショックを受けた。
 どうして今頃その人の名前が出るのかわからなかった。
 三岡君は筋道を立てて自分が先ず納得しないと嫌がるだけに、二股なんて器用なことできる人じゃない。
 それに美幸という人と別れたのは自分も確信がもてるくらい信じられた。
 それなのに、またこの人に会いに行った?
 私との約束をすっぽかしてまで?
 私は何も考えられなかった。
 受話器を持って無言でいるとトモが心配しだした。
「リサちゃん、俺、今からそこへ行くから。ちょっと待ってて。これにはきっと訳があるんだって。三岡は理由もなく馬鹿なことはしない。それはリサちゃんも 充分わかってるだろ」
 トモの言う通りだった。
 三岡君はそんな男じゃない。
 私のこと真剣に考えて向き合ってくれる人。
 私は三岡君のことを信じたい。
 きっと何かの理由があって、元カノに会ってるんだって。
 でも一人では心細かった。
「トモ、そしたら早く来てよ。待ってるから」
 トモの厚意なのに、つい命令口調になってしまう。
 でも本当はトモの申し入れにとても感謝していた。
 震えながら受話器を置く。
 トモのことだから飛ぶような速さで来てくれるはず。
 一人では心細く、この時はトモの存在がとても有難く感じられた。
 トモが来る間、何度も待つ場所を変えて広場を彷徨った。
 じっとしていられない。
 その間何組のカップルが出会い出かけたことだろう。
 この時不安に駆られて、横目でチラリと待ち合わせをしている人々を見ては羨ましく思ってしまった。
 
 そしてその30分後、トモが車でやってきた。
 身支度もろくにしなかったのか、髪の毛が跳ねていた。
 私のことを心配してすぐに駆けつけてくれたのがその様子で伝わった。
 トモの顔を見ると少し目が潤む。
 頼れる存在が来てくれたお陰で少しだけ安心したのか、抱えていた不安がぼわっとにじみ出てきた感じだった。
 トモは余計なことは言わず、私の側で支えるように立ってくれて、それから無言でその待ち合わせ場所で私と一緒に三岡君を待ってくれた。
「トモ、ありがとう」
 俯き加減で搾り出すような小さな声だったが、それが精一杯で、気が緩むとトモの前で泣いてしまいそうだった。
 私のことを理解するように「大丈夫だから」とトモは何度も励ましてくれた。
 トモも私も何も余計なことは話さず二人で三岡君を待った。
 

目次

BACK  NEXT


inserted by FC2 system