遠星のささやき

第六章

3 

 トモが隣で立ってくれるだけで一部分の待つという不安から解消された。
 一人で長時間待ちぼうけを喰らっていると、誰かに見られて何か言われそうな恥ずかしい気持ちも湧いてくる。
 その部分がトモのお陰で調和された。
 それは余計な感情で三岡君が来ないという不安とはまた別物。
 気がかりなときにいらぬ感情が複雑に絡み合えば不安というものは一気に膨らむだけに、誰かが一緒に待ってくれるという行為はこんなにも心強いとは思わな かった。
 トモの横顔をチラリとみる。
 トモはすぐに視線を感じて振り向き、何も言わず少しだけ口元を上げた。
 それが私には「大丈夫だ」と言ってるように見える。
 暫く言葉も交わさず、時々立つ重心をずらしながら、私達はひたすら待ち続けた。

 ぼーっと周りを眺めていると、駅に吸い込まれていく人、吐き出されていく人が随時目に付いた。
 人は常に流れて途切れることはない。
 早送りにすれば、駅の周りは歩く人でラインが引かれるようだったが、私が立ってたところだけいつまでも動かず点のまま。
 どれくらい、トモと待っただろう。
 時間にしたら一時間だったかもしれないが、口で一時間と言っても実際来るか判らない相手を今か今かと不安になりながら待ち続ける一時間はどれほど長いも のだろう。
 ただ何もせず突っ立っているだけしかできないのだ。
 心は締め付けられると同時に足が痛くなってくる。
 そうなると針のむしろの上で待っているような感覚に陥る。
 大きなため息をついたとき、それはゲームオーバーとでも言うべき諦めのサインだと自分でも自覚した。
 これ以上待っても三岡君は現れない。
 もう苦しさから解放されたかった。
 家に帰って自分の部屋で思う存分泣きはらしたかった。
 自分のことばかり先に考えてしまい、この日がトモにとっても折角の休日であることを忘れていた。
 それに気がついたとき、付き合ってくれるトモの顔も見るのが辛くなる。
 トモの服の裾を引っ張って下を向いたまま話しかけた。
 
「トモ、迷惑かけてごめんね。私もう帰る。これ以上待っても三岡君来ないと思う」
「リサちゃん、もうちょっとだけ待ってみよう。三岡は必ず来ると思う」
「でも、もうお昼もとっくに過ぎたし、トモだってお腹すいてるだろうし、それに疲れてるでしょ。もういいよ」
「あいつ、こんなこと絶対しない奴なんだ。必ず何か訳がある。だからどんなに遅れても三岡は来るよ。例えリサちゃんが諦めて帰ったと判っていても三岡なら 一度はここに来る」

 三岡君を信じきってるトモは、私にこれが間違いだと一生懸命主張して、誤解させないようにしている。
 あっさりと諦めようとしている私の気持ちをトモは押し上げる。
 私が帰ったとしてもトモは一人でここで三岡君を待ちそうな雰囲気がした。
 私はもう家に帰る気持ちでいたのに、トモにここまで言われるとまたその場所から動けなくなってしまった。
 トモが信じた気持ちが綱となって私はそれに掴まる。
 トモに引っ張られるままに私はそこでぶら下がっている気分だった。

 そしてさらに小一時間過ぎた頃、目前に現れた三岡君に私は震えるほど驚いた。
 見間違えたかと目を何度もぱちくりするほどに来たことが信じられない。
 本当は来なくてはいけなかったのに、現れたことの方がありえないと思ったほどだった。
 私がまだ待っていたことに三岡君も口を半開きにしてビックリした表情を見せたが、その前にとても衰弱したように顔が青ざめていた。
 長時間待たせて申し訳ない表情というより、問題を抱え込んで困った深刻な顔をしながら走ってきた。
 土下座でもしそうな勢いで頭を下げて三岡君は謝った。
「リサ、約束すっぽかしてすまない。待っててくれたとは思わなかった。トモも来てたのか」
 トモは私達の問題だと何も口を挟まず、役目が終わったようにその場を去ろうとしたが、三岡君はもう少し居てくれとトモを引き止めた。
「三岡君、何かあったんでしょ。顔色も悪いし、とにかく今日はもう帰った方がいいよ。また今度ゆっくり会おう」
 私は精一杯の笑顔で三岡君を気遣った。
 本当は三岡君の顔色の優れないことでもうすでに悪い予感を感じていた。
 いつもの私のあのインスピレーション。
 私がこう感じるときは必ず嫌なことが起こる。
 それだけに日を改めたかった。
 遅れても来てくれただけで、この日はもうそれで安心して終わりたかった。
 それなのにやっぱり聞いてしまった、私の恐れていた言葉。
 嫌な予感は律儀にここでも当たる。
「リサ、謝らないといけないんだ。俺、もうお前と会えない」
 突然の言葉が耳を貫き、息が一瞬止まって体が硬直した。
 トモもさすがにこの言葉には聞き捨てならないと驚き食いかかる。
 言葉をなくした私に代わって、トモが怒ったように三岡君につっかかっていた。
「三岡、どういうことだ。いくら理由があって遅れたにせよ、その言葉はないだろう」
「判ってるよ、どれだけ酷いことをしてるか。でも俺が考えた末に出した結果なんだ。ここで話すのもなんだから、少し落ち着いたところいかないか。トモも一 緒に来てくれ。俺一人じゃリサにその理由を話すのが辛い」
 三岡君らしくない落胆した表情は事の重要さを醸し出している。
 物事をいつも真剣に捉える真面目な三岡君にとてつもない何かが起こったに違いない。
 私に会えないその理由に元カノのことが関わってることも容易に感じ取れた。
 私の不安な心は風船のように膨らみすぎていつ破裂するかわからないところまで来ている。
 それは胸を圧迫するくらい痛み出した。
 私はそれを抱えるように胸を押さえて前屈みになりながら三岡君の後ろをついていった。
 

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