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観光客が多く行きかうメイン通りには沢山の飲食店やみやげ物屋が並んでいた。
日曜日は人通りが特に多い。
家族連れやキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる若者達と何度とすれ違う。
楽しい一時を過ごしている人たちはカラフルに見えたが、私はモノトーンの白黒のような気分だった。
三岡君とトモが前を歩いている。
指を指しながら場所を探している様子。
私は判決を待つような気分で後をついていく。
もうどこでもよかった。
そしてゆっくりと座れそうな大きな喫茶店を三岡君は選んだ。
中に入れば照明が落とされていて薄暗かったが、これからシリアスな話をするにはぴったりな雰囲気に思えた。
いい話ではないのは私もトモもとっくに知っている。
店に入っただけでどっぷりと重い空気がのしかかった。
壁際の奥の席に私と三岡君は向かい合わせに座った。
トモは三岡君の隣に座る。
ウエイトレスが水とメニューをもってきたが、何を注文しようか選ぶような気分ではない。
三岡君もトモもコーヒーと言ったので私ももうそれにしておいた。
普段そんなもの飲まないというのに。
三岡君は落ち着かず、水の入ったグラスを手に持ち、一気に飲みだした。
私はうつむき加減になり、三岡君とまともに顔を合わせられないでいた。
膝においていた手は、行き場をなくした感情がそこに集まるかのように、握りこぶしを作りぎゅっと力が入る。
トモはできるだけ口を出さないようにしようとしていたのか、体を通路側に向けてどこを見るわけでもなく視線を宙に浮かせて座っていた。
三岡君は何からどう説明しようかと考えて、時々表情が険しくなり、最初に話す言葉を慎重に選んでいるようだった。
コーヒーはすぐに運ばれてきて、それぞれの前に置かれた。
私も三岡君も手をつけなかったけど、トモだけはすぐにミルクの入った入れ物を掴むと、コーヒーに流し込んでいた。
そしてゆっくりとそれを静かに飲む。
自分の目の前に置かれたコーヒーからは湯気が出ている。
黒い表面が鏡のようなリフレクションになり、何かが映りこんでいるように見えた。
三岡君の体が動きその拍子にテーブルに当たるとコーヒーに波紋が二重三重と現れた。
それからようやく三岡君が話し出した。
「俺、リサに惚れてから、何度か美幸と別れようとしたんだ。でも美幸にはっきりと言えなかった。だけど俺の様子がおかしいことを薄々感じていて、俺たちの
仲は悪くなっていったんだ。そんな時俺が仕事でここを離れてしまった」
まず事の経緯から始まった。
三岡君はしっかりと私を見ていたが、私は下を向きながらじっと耳を傾けていた。
結論を先に聞いてしまっている。
まともに顔など見て聞けるような気分じゃなかった。
三岡君は話を始めたものの、また少し黙って間を明けた。
このとき、かちゃっとカップがソーサにぶつかった音が聞こえた。
私が顔を合わせないことで充分傷ついているのを感じていたと思う。
だからこの先の話を余計にしにくくなって、無意識にコーヒーを口に含んだんだろう。
覚悟を決めたのか、その後勢いづいて話し始めた。
「でも美幸は俺についてきたんだ。俺も初めての土地で戸惑うこともあって、美幸が世話をしてくれることについ甘えてしまった。だけど、トモがいつも電話を
かけてきてリサのことばかり話してさ、俺もこのままダラダラとしていたらダメだって、自分の気持ちに正直になろうって思ったんだ。そして昨年のクリスマス
を迎える頃にはっきりと別れを切り出した。美幸は納得行かなかったけど、とにかくその時彼女は俺から離れていった」
三岡君はここまでは淡々と語っていた。
クリスマス前に別れを告げるなんて元カノには辛かったことに違いない。
この時期恋人達にとって大切な日ぐらい高校生の私でもわかる。
だからこそ、恋人同士として真剣に向き合えないから、この日を向かえる前に三岡君は敢えて別れを切り出したに違いない。
私はその状況が分析できる程まだ冷静にこの時は話を聞けていた。
三岡君の話はさらに続く。
「年が開けて、俺も戻れる日の目処がついたときだった、美幸がまた俺のところに戻ってきた。寄りを戻そうという訳でもなく、彼女にしたら忘れるためにどう
してももう一度会いたかったってそう言われた。でも俺たちその時関係をもっちまった。美幸はこれで最後だからって自分からそう言って泣きながら迫ってきた
もんだから、俺も、つい、流されて、しまった……」
ここで話の勢いがなくなり、急に躓くような言い方になった。
私も二人が大人の関係になったと知らされたところで力が入ってしまい、はっとして反射的に顔を上げてしまう。
三岡君と目が合うと、こういう話を私に聞かせるのを嫌だといわんばかりの歪んだ顔付きをしていた。
耳を塞ぎたくなるほど聞きたくないことだけに私の表情も正直な心のままを映し出していたと思う。
三岡君は今度は力を入れて訴えた。
「その後、俺たちは本当にきっぱり別れたんだ。だから戻ってきたとき、リサと真剣に向き合えると思ったから俺は正直な気持ちをお前にぶつけた」
これが自分の本心だとでも言わんばかりの勢いだった。
あの時のことは鮮明に思い出せる。
三岡君に抱きしめられて、そして額にキスをしてもらったこと。
私もはっきりと三岡君の真剣な気持ちがストレートに伝わったし、あの気持ちには嘘偽りはないのはわかる。
そして別れる理由が私のことを決して嫌いになった訳じゃないことも。
私はもうなんとなく展開が読めてきた。
なぜこんな話をするのか、なぜこの時元彼女が連絡してきたのか自分の中で筋道が立った。
「三岡君、なんか私わかっちゃった。どうして私ともう会えないのか」
「リサ……」
「彼女と寄りを戻すんでしょ。というより、もしかして結婚? 子供ができちゃったってことなんでしょ」
私は自分の感情を殺していた。ほんとは泣きたいほど悲しかったのに、そんな感情持ち合わせてないようなフリをして淡々と語っている。
この時やっとコーヒーカップを手にして、砂糖もミルクも入れないでそのまま一口、口に含んだ。
コーヒーってこんなに苦い飲み物だったのかと思ったけど、この苦さはコーヒーだけのものじゃないって疑ってしまった。
「すまない。本当にすまない」
「謝るほどのことじゃないよ。もう判ったから」
私の声が震えていた。
言葉では判ったっていっても、三岡君を思う気持ちまで簡単に処理できない。
だけど三岡君はもっと苦しい思いをしているに違いない。
それなら私は物分りのいい自分を演じなければ。
それが今私ができることだから。
それに私そういうの得意だし……
それこそ三岡君らしい行動だと思った。
筋道を立て、納得いく答えにふさわしい決断だった。
真面目で責任感の強い三岡君だから考えた末に元カノを選ぶ。
生まれてくる自分の子供のためにも。
トモは喫茶店で一言も発することなく沈黙を守る。
コーヒーカップがすっかり空だった。
何もすることがないのか腕を組んで遠くを見つめるような目をしていた。
彼もまた自分が口を出してもどうしようもないことを充分判っている。
トモは私以上に三岡君のことを理解している。
三岡君が出した決断はトモが何を言っても無駄であり、それが正しい判断とさえ思っているに違いない。
側で私がとても苦しんで辛いとわかっていても──。