遠星のささやき

第七章

 こんな最悪の日ながら家に戻れば誰も居なかったのは運が良かったというのだろうか。
 最後は思いっきり泣けと私に与えられた権限とでも言うべき配慮。
 そんなことするなら、最初からもっと自分に味方してくれればいいものを。
 私はベッドに横たわりうつぶせになると、歯を噛みしめて泣くのを必死に耐えた。
 この時悲しみよりも物を投げたくなるなるような苛立ちに襲われる。
 でもその怒りの対象がなんなのか、明確に記せといわれてもできなかった。
 誰も居ない家の中で感情をぎゅっと押し殺す。
 最後の最後でもがいて流れに逆らう。
 全てを受け入れなければならない出来事に遭遇して、自分の感情にも屈服したくなかった最後のあがきとでもいうのだろうか。
 自分の気持ちにすら素直になりたくないそんな気分に支配されていた。
 
 突然鳴り響いた電話に静けさが邪魔される。
 電話がなってそれがどうしたと言う気分でいたが、呼び出し音は中々止まらない。
 やっと途切れたと思ったのもつかの間、また鳴り響く。
 それが数分感覚で何度も続くと取らぬ訳にはいかないように追い込まれてしまった。
 最後には電話を取ってしまう。
 無言で受話器だけ耳にあてていたらあの声が聞こえた。
 また同じパターン。
 
「リサちゃん、大丈夫か」
 トモだった。
 心配して私が帰る頃を見計らって何度も電話を掛けてくれていた。
 それなのに私の口から出た言葉はそっけなかった。
「何の用?」
 またつっけんどんになり、八つ当りも入っていたように思う。
 トモには素の自分の姿をそのままぶつけている。
 トモだからついそうなってしまう。

「俺、なんか心配でさ、そのなんていうのか」
「いいよ、もう。無理に慰めなくても。仕方ないよ」
「ごめん、うまくいえなくて」
「トモ、もう電話掛けてくるのやめてくれない? 私何もかも忘れたいの。トモは三岡君と親友だから連絡が入ると苦しくなるの。トモには一杯助けてもらった のに、ごめんね勝手なこと言って」
「わかった。でも、もし、もしこんな俺の助けが必要となったときはいつでも連絡してきてくれ」
「それはないと思う。もうこれで終わりだから」

 私は結構冷たかったと思う。
 でも三岡君と別れてその友達といつまでも連絡とるなんてことできる訳がない。
 そういうこともわからないのかとついトモの鈍感さに苛ついた。
 ここが彼の不器用さなところは充分理解しているが、心に余裕がないだけに自然と態度にでてしまった。

「じゃあ、バイバイ」
 私は潔く電話を切った。
 すごく失礼だったのは百も承知だったけど、もっていきようのない気持ちは簡単に処理できるものではなかった。
 トモには申し訳なかったが、苛立ちを隠し持って表面だけいい顔することなんて私にはできない。
 もう何もかも終わった──。
 これ以上三岡君に関係しているものなんて私の周りから消えてなくなればいい。
 ヤケクソにそう思ったが、出会いのきっかけとなったあのお寺のお祭りは、私の気持ちと裏腹にこの年もすぐ目の前で開催された。
 あんなところもう二度と行くもんか。
 こんな辛いことになるのなら、あの時も一人で行くんじゃなかった。
 過去に遡って当時の自分の行動を否定しまう。
 何かに憎しみをぶつけたところで失恋の痛みなんてすぐに解消されないのに、闇雲に手当たり次第に考えられる全てのもののせいにしないと気がすまない。
 自分が悲劇の主人公で当たり前なんだともう周りが見えなかった。
 失恋するってそういうことだと思う。
 誰もが悲劇のヒロイン。
 この時に自分を一番に考えない人が果たしてどれくらいいるというのだろう。
 絶対いないと私は言い切れる。
 だから私は悲劇の主人公に酔ってるといわれても、「それが何か?」と言い返したくなる。
 失恋すれば皆悲劇のヒロインまっしぐら。
 壊れた心の破片をもしかしたら修復可能かと淡い望みを抱えて必死に拾い集めているところ。
 拾った後はそれを眺めて自分の世界に入り込む。
 当分はそこから抜け出せない。
 時が経てば少しは和らぐかも知れないが、私の場合これからもずっと後を引きずりそうだった。
 私はまた大人ぶる。
 それはそれは全てを見下したように、自分は誰よりも物分りがいいと隠れて鼻で嘲笑った。

 そうして私がずっと悲劇のヒロインを演じていたとき、三岡君はこの後、美幸という人と籍を入れたそうだ。
 それを聞いたのはかなり後になってからだった。
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