遠星のささやき

第七章

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 高校二年生はあまり記憶が定着しないままさらりと終わってしまった。
 何かを思い出せと言われたら、そう言えば修学旅行があったかなというくらいのことしか覚えてない。
 その修学旅行もどこに行ったと聞かれたら暫く考えないと思い出せないくらい。
 全く印象が何も残ってない。
 というより、学校のことに何も感心を持たなかった。
 高校三年生になっても教室とクラスメートと担任が変わったくらいで、もう何をしたか覚えてない程、自分が適当に過ごしていただけだった。
 このときやっと佳奈美と同じクラスになったが、ここでも友達のグループは全く違って、学校では同じクラスでも行動は別だった。
 でも同じクラスになったメリットはあった。
 私が何をしたか全く覚えてないのに、佳奈美はしっかり覚えていてくれて、あの時こんなことしてたとか後になって話してくれた。
 そのお陰で高校生活がどんなものであったか判ることができたというものだった。
 佳奈美は悲劇なことでも思い出として語らせると笑わせてくれる。
 例えば、先生がストーブをつけようと火をつけたのに、中々点火しなくて、蓋をとって覗き込んだら、いきなり火柱が立って、先生の顔が丸焦げになったこと があった。
 当時はクラス中、悲鳴をあげるほど、皆恐怖におののいていたと思う。
 死をも連想させるような事故だった。
 その悲鳴が廊下を伝って、その階のクラス中行き渡る。
 各教室にいた先生達が何事かと走って見に来たくらい大騒ぎだった。
 佳奈美がそれをぽろっと語った。
「あの先生、よく生きてたよね。ただでさえ色黒だったのが真っ黒い炭になっちゃってさ、しかもアツアツアツってギャグ漫画のように走り回ってたよね。最後 は眉毛もまつ毛も燃えちゃって、顔の表面つるつるになってたし…… もろに火をうけても、やけどしなかったほどの顔の面。気の毒だけど、あんなシーン、ド リフの大爆笑ものだったよね」
 言われて見れば、その通りだった。
 先生には気の毒だが、実際目の前でアレを見たものにはそういう風に聞くと笑わずにはいられない。
 そんなこともあったなと、佳奈美から聞かなければずっと忘れていた。
 他にも私と他の友達がふざけてて廊下にあった消火器を手にしたとたん、噴射させたことも思い出させてくれた。
 私は直接触った訳ではないがそれを煽っていたと思う。
 いきなり消火器が吹き荒れたときはびっくりしたもんだった。
 周辺のクラスにまで被害被って喉につっかえるほど息苦しい出来事だったから、担任の先生が怒りまくって大変だった。
 そんな関与したことですらすっかり忘れていたもんだから、そう言えばそうだったと他人事のように笑っていたら、自分がやったくせにって後から突っ込まれ た もんだった。
 一度はすっかり忘れてしまったが、佳奈美の話で新たに記憶が定着した形になった。
 私の高校生活の記憶は全て佳奈美の話が元になってしまった。
 だから卒業証書だけ手に入れて、他に何も得ることがなかった高校生活。
 もし、三岡君と上手く行っていたら何かまた違うものとなっていたのだろうかとありえないことを考えてしまう。
 一瞬であれ、恋をしていたときは学校生活が楽しいと思えるときもあった。
 だけど全てを失恋のせいにはしたくない。
 これは私が判断して自分で選んでそう歩んできたことへの結果。
 高校生活がつまらなく終わってしまっても、それは誰のせいでもない。
 何も感じようとしなかっただけに過ぎない。
 自らの責任。

 高校三年の終わり頃、次の進路をどうするかで私は悩んだ。
 短大へ進む道もあったが、自ら望まない勉強をしたところでまた高校生活と同じように無駄に過ごしてしまいそうだった。
 一人で生きてみよう。
 ふと思いつく。
 それが次の私の進む道に思い、担任が色々と就職先を紹介してくれたが、私は自分でしたいことを探して仕事を見つけた。
 それは服飾業に携わる仕事だった。
 佳奈美も演劇の道に進むとか言って、東京に行くとか言っていたが、担任から説得されるように進められた短大を受けて受かってしまい、結局は進学すること になった。
 そこは特殊な学科があるところだったのか競争率が高くて受かるはずがないと本人は思っていたらしい。
 それでも先生が家にまで来て何時間も説得したから仕方なく受けたと言っていた。
 だから受かったときはビックリしてすぐに担任に連絡したらしいが、担任からも受かるとは思わなかったと言われ、佳奈美は電話先でずっこけたと後で教えて くれた。
 担任はとにかく自分の責任があったので、勧めるだけ勧めて、形だけで動いていたのがよくわかった。
 クラスで最後まで進路が決まらなかったのが私だったらしく、卒業ギリギリに就職先が決まったことで担任はホッとした反面、卒業式の当日私が化粧をしてい たことに腹を立ていた。
 トイレに引っ張られて洗顔剤を渡されて顔を洗えと言われたときは、わが師の恩も飛んで行ったものだった。
 結局は最後まで抵抗した。
 その日他にもやることがあったらしく私一人に構ってられないと先生が折れた形となったが、最後まで何事にも屈服しないで自分流で高校生活は終わった。
 
 これからは社会人となる訳だが、一人で生きていこうと思っても、すぐには実行できなかった。
 当分は実家から仕事場に向かう。
 朝、時々佳奈美と駅で出会うこともしばしば。
 方向が全く逆だったので、お互いプラットフォームから線路を挟んでコミュニケーションをとって、この日一日頑張ろうと励ましあった。
 休みのときはまた一緒に買い物いったりと、付き合いは変わらず健在。

 佳奈美は夏にアメリカにホームステイするとか言い出して、それから彼女は変わっていったように思う。
 英語に興味を持ち一生懸命勉強し出した。
 高校生の時は私でも答えられた『船長』の英訳、キャプテンを佳奈美はテストの答案にshiplongと漢字をそのまま英訳したものを書いた話を聞いたこ とがあった。
 あの佳奈美が英語なんてと思ったもんだった。

 私はその頃、必死で働いていた。
 とにかくお金を貯めて一人暮らしをしようと頑張っていた。
 仕事場には意地悪な女性がいて、新人いじめのような嫌味を言われたけどじっと耐えた。
 働くって楽じゃない。
 でも受身でいられない、自分で考えて行動しないとお金は稼げない。
 それが社会に出るということなんだと、自立心もどんどん芽生えてくる。
 意地と気力でひたすら汗を流していたと思う。
 一心不乱──。
 何もかも受け入れて、やはり物分りもよく、そういうものなんだって思えたからこそやれたかもしれない。
 気が抜けない日々が続く。
 そんな時、中学の時の体育の先生と仕事の帰り、町でばったり会った。

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