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一人暮らしは自由で快適だったが、特別に何をしようとか目標など持つこともなく、十代最後の日々は淡々と過ぎていく。
初めて一人で迎える年越し。
実家はさほど離れてないので気が向けば1時間ですぐにでも帰れる。
つい最近もぶらっと何かのついでに寄ったこともあり、年越しを家族で過ごさなければならないとも思えなかった。
戻ったところで自分の部屋はもうなくなっている。
新年は自分のお城で迎える方がよっぽど意義があった。
そして時は1月15日。
まだこの日が成人式として世間に知れ渡っていた頃、私もこの年は大人の仲間入りのセレモニーに招待されていた。
だけど結局行かなかった。
前日に佳奈美と電話して行かない表明をお互いしたもんだった。
まず着ていくものがない。
成人式には振袖が主流。
そうじゃなくてもいい服を着なくてはならない。
持ってもいないし借りるお金もなかった。
佳奈美はどういう理由かはっきり言わなかったけど、一緒に行かないと私に合わせてくれたような気もする。
成人式の当日もお互い電話してやっぱり行かないって再度言い合い、電話で私達が喋ると強がって成人式を馬鹿にしたような発言になってしまった。
心の中ではそんなこと微塵も思ってなかったけど、行きたかった感情を誤魔化していたかもしれない。
佳奈美もノリで同じように話していたけど、会話がふと途切れ沈黙になると、負け惜しみという言葉と共に寂しげな雰囲気が漂った。
その後2月10日がやってきて、私もとうとう二十歳となる。
これで正真正銘の成人となった。
最高のバースデーと思ったときからもう4年が経つ。
そっと額に手を置いた。
あの時の抱いた気持ちが懐かしいと共に、靄が発生。
くすぶる感情は胸で渦巻く。
私だってもういい加減忘れたい。
それができないからいつまでもつきまとう。
こんなに時が経っても変わることなく私は本当に本当に三岡君のことが好きだった。
そして今もずっと──。
その年の夏、佳奈美が私のマンションに遊びに来た。
たまには美味しいものでもと近くのレストランで一緒に食事をする。
いつものように昔の話から入り、やかましくぺちゃくちゃと喋り捲り、一段落ついたところで佳奈美はこの秋からアメリカに一年くらい留学をすると言い出し
た。
「えっ?」とフォークを持っていた手が止まった。
その発言にも少し驚いたが、それよりもアメリカ熱が冷めることなくまだ英語に拘っていることに、佳奈美とはイメージが合わないなとキョトンとした表情で
見てしまった。
本当に大丈夫なんだろうかと思わず頭によぎったが、どこか悲しい話にも聞こえた。
遠いところに行くと言う事が嫌だったのかもしれないが、たった一年だし、またすぐ会えると思うと私はニコッと微笑む。
月並みだが『がんばれ』という言葉が次に出た。
その話が落ち着いたところで話ががらりと変わった。
「リサちゃんはまだ三岡君のこと忘れられない?」
佳奈美が唐突に聞いてきた。
やっぱり覚えていた。
私が黙って頷くのを見て、暫くじっと眺めていたが、ぎこちなく水の入ったグラスに手を伸ばすと佳奈美は私の気持ちをすぐに察する。
「そっか、それほど大好きだったのか。人生でそんなに好きな人に出会えるって良かったんだよ。その気持ちはずっと持ってていいんだからね」
またうるってさせられた。
『忘れて次の恋を探せ』と言われるかと思うほど、未だに自分が立ち直れてないことが自分でも鬱陶しいと感じているのに、佳奈美は肯定してくれた。
必死で何かに捕まって立っていた自分が軽くなって浮かんだ気分になった。
その瞬間、佳奈美がわざと呆れた顔をして「あーあー」と呟きだした。
「泣かなくてもいいの。でもまあリサちゃんのことだから自分の気持ちを否定して必死に立ち向かってたんでしょ。はいはい、わかったから…… ほら私が泣か
しているみたいでしょうが」
テーブルにおいてあった紙ナプキンを取って渡してくれた。
その後もなんとか笑わせようとまた昔の話になり、あっという間に私は泣き笑いしてしまった。
佳奈美は自分が話せるような楽しい恋話がないといって、また私にそれから変わったことがないかと話を振る。
佳奈美には何でも話せるから、ちょうどいい機会だと中学の体育の先生と出会ったときのことを話した。
もちろん一緒に寝たことも隠さず全て話す。
私は小声になったが、それと反比例して佳奈美のボルテージが上がり急にかっかとしだした。
「やっぱりあの先生はリサちゃんがお気に入りだったんだ。私なんか一生懸命体育の授業出ても成績は2だよ、2! リサちゃんはどんなにさぼっても5だった
よね。あのエロ親父め」
私が取った行動は一切責める事もなく、また世間から言えば指を指されそうなものだろうが、成績の付け方に佳奈美が腹を立てているところが可笑しくて気が
つけば二人して大笑い。
もう大人だからそういうことに対して佳奈美は干渉はしないところが楽だった。
だからこういう話であっても隠さず話せるのが私は嬉しい。
泣いて笑って、笑って、笑って、笑い過ぎてまた泣いて──。
それがこの日の一時だった。
中学一年のとき、佳奈美に交換日記をしようと誘ったのは私だった。
あの時グループも違って、特別仲がよかった訳じゃなかったが、音楽の教室で偶然私の斜め前にいた佳奈美になぜか声を掛けたくなった。
友達を見る目だけは優れていたのかもしれないとこの時になってつくづく思う。
そして9月が来て、佳奈美の留学出発の前日のこと。
いてもたってもいられなくて、家にあった小物を手にして佳奈美の家に行った。
急に私が現れたのでびっくりしていたが、私がどうしてもこれを渡したくてと、手にしたものを見せると、さらにもっと驚いていた。
それはミッキーマウスの玩具で、首からネックレスのように引っ掛けることができ、ミッキーを下に引っ張ると、自動的に手足をバタバタさせて上に戻ってく
るというもの。
佳奈美は大笑いしてそれを手にして『ありがとう』と言った。
後にあれを渡されてどうリアクションすればよかったか判らなかったといいつつ、あれをアメリカに持っていったお陰でアメリカ人に受けたと言われた。
なんにせよ、頑張って欲しかったから何かを見て私を思い出して欲しかった。
目的は充分に果たせたと思う。
そして佳奈美がアメリカに留学中、私はまた人生の転機とも言われることに出くわしてしまった。
それは深く深く海の底に沈められるように衝撃的に事は起こった。