第一章


「そのメンバーで合コン? 誰がそんなところへ行くか」
 金曜日の夕方のこと。夏生の主催した合コンのことでここにも一人巻き込まれた輩がいた。
 誰も居ないオフィスの見晴らしのいい窓際のデスクに腰掛けながら携帯電話を持ち、日暮れの景色を高い階から見つめ篠沢将之(しのざわまさゆき)は面倒臭そうに答えていた。
 元から気難しい性格もあるが、バカにしたように合コンという言葉を蔑んで口に出している。
「だから、今日はちょっと趣向が違うんだって」
 なんとか将之を引っ張り出したいと携帯電話の向こうで楠井貴史(くすいたかふみ)はなだめるように説得に励む。
「何が違うんだよ。貴史の知り合いって医者だろ。もう一人来るそいつの友達も医者でそしてお前はコンピューター会社を経営する社長だ。そして俺は親が経営しているけど一応会社の重役の地位。そんなメンバーが集まるんだぞ。ガツガツした女しか来ないって」
「将之は相変わらず手厳しいというのか、世の中を冷めた目で見ているというのか現実的だね。でも、今回はそういうガツガツしたのは来ないらしいよ。ちょっとした仕掛けをしたんだって」
「なんだよ、仕掛けって?」
「主催した俺の知り合いの奥さんが、一度合コンをキャンセルして、女子達だけでお食事会しようってことにしたらしい。なんでも自分が医者と結婚してから合 コンしてくれって頼まれてうんざりしてたそうだ。一度合コンをすると承知したけど、利用されるだけっていうのも嫌だったらしいから、フィルターをかけたっていうこと。だから今日集まってくる女性は合コンだとは思ってないってことなんだよ」
「そうだとしても、なんで俺を無理に誘うんだ。どうせそこに集まってきた女性達も俺達の職業を知れば目の色変えると思うぜ」
「だから、お前を誘うんだ。今回はお前の言う通りにはならないところを見せたい。いつも将之は正しくて、正論を主張して俺はことごとくお前に敵わないから、ちょっとした意地さ。時には間違いもあるということを分からせたいんだ」
「なんだよ、それ」
 将之はしょうもない理由だと呆れて鼻から息を漏らし、アホらしいと目の前の景色をぼんやりと眺めていた。
 黄昏の空の中、夜のカーテンが光を包み込む前に弱々しい夕日でそこにあるものをセピア色に染めていた。
 それを見つめていると、不思議な世界にひきこまれたように将之の心も物悲しくなっていく。
 暗くなっていく空に次々と現れる星々の光を見つめ、夜の訪れに張り詰めたものを休めるように将之は携帯から流れてくる貴史の言葉を大人しく聞いていた。
 日が暮れると将之は、暗闇の中に自分の心の闇を映し出すように寂しさを目で見てしまう気持ちになる。
 拭えない過去の心の傷はいつもこの一日の終わりに夜と共に現れる傾向があった。
 暗さが寂しさを運んでくるように──。
「おい、将之、聞いてるのか?」
「えっ、ああ、聞いてるよ」
「とにかく参加してくれよ。なんでもすごい変わった子が来る予定らしい。その子滅多に合コンとか行かないらしくて、男に全く興味ないんだとか。それを聞いたら 俺にも同じように全く女に興味示さない友達がいるって言っちまってさ、それで面白いから連れて来いって言われちゃってるんだよ。それにそんな女が来るんだったら、将之も拘る性格上確かめずにはいられないだろ」
 将之は少し間を置く。夜がそこまで来ている景色に支配されるように、少し心が柔軟になった。
「なんだか訳がわからないが、分かったよ、行ってやるよ。だがもし、誰か一人でも俺達を見てがっつく奴が居れば、俺の勝ちだからな」
「今度は勝負かよ。分かったよ、受けてたとうじゃないか。それならこっちも条件だ。その男に興味のない女を将之が口説けたらお前の勝ちってことにしてやる よ。その時は、フレンチのフルコースの食事でも高級割烹料理でもなんでも奢ってやる。但しお前が負けたら、俺の会社との取引を社長でもあるお前の親父さん に頼んでくれよ」
「ああ、いいだろう。それくらいのゲームがあればこの合コンも楽しくなるだろう。乗ったぜ」
 将之は、待ち合わせの場所を聞いて電話を切った。
 どうせ自分が勝つとばかりに、デスクの引き出しをあけ、身だしなみのチェックをするために置いてあった鏡を取り出す。
 見かけはそんなに悪くない。
 そう思いながらさらりと伸びた黒髪に手を入れて後ろに流した。
 一応謙遜してそんな言い方になるが、本当は女性が放っておけないくらの精悍な顔をしている。
 背も高く、体つきもスポーツをしていると分かるほどにがっちりと筋肉もついている。
 常に努力を怠らず、自分自身にも厳しく真面目な男だが、いつも冷静に物事を見つめそして頑固でもある。
 過去に何度か美しい女性と付き合うこともあったが、自分の地位とお金をあてにするような我侭気質の女性達でもあったので嫌気が差すようになり、真剣に付き合うことは一度もなかった。
 時折遊びで適当に付き合えても、結婚願望は全くない。だが集まってくる女は将之の背景が分かるとすぐに結婚を示唆してくるような輩が多かった。
 そんな事だから、女性を見るときは気をつけていた。
 名の知れた国立大学を卒業し、頭も顔もよく、親が会社を経営し、その跡取候補となれば好条件が揃いすぎて、少し行動を起こせば拒否する女は滅多にいない。
 自信過剰という事ではないが、貴史の賭けにまんまと乗せられて将之は「やってやろうじゃないか」と闘争心を燃やしてしまう。
 この世の中、金と地位で人の価値が決まったようなもの。
 それを見せ付けてやるとばかりに、将之は悪ぶっていた。
 だがそんなことが馬鹿げていると充分理解しているとばかりに、夜空の星々を瞳は寂しげに捉える。
 夜と共に訪れる暗い闇を心の中に入り込ませないように強がっているだけだった。
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