第一章


 夏生は仕掛けのことを正直に話した。
「夏生、やってくれるわね」
 真理絵は面白いとばかりに笑い、留美は愛想良く微笑んでいた。
 だがケムヨだけは納得ができないとばかりにその場を去ろうとした。
 真理絵が咄嗟にケムヨの腕を掴んだ。
「ケムヨ、相変わらずの男嫌いだよね。そんなに毛嫌いしてたら結婚もできやしない。それにもう私達28歳だよ。婚活しなきゃ結婚できないような世の中に なってるんだから。しかもあなた、ただのパートで定職にもついてないでしょ。もっと前向きにならないと一生男が寄って来なくて独身のままでいちゃうよ。い いじゃないたまにはこんなハプニングがあっても」
「ちょっと、真理絵! そこまで言わなくても」
 夏生は少し言い過ぎだとけん制する。自分から嘘までついてケムヨを無理に誘っておきながら、不機嫌になっているケムヨを気にしてしまう。
 ケムヨは気に入らない話題で逃げるように下を向くと、長い黒髪がばさっと前に垂れて顔をすっぽりと隠してしまい、まるでどっかのホラー映画に出てくるような怨念を持った風貌に見えた。
 真理絵はそんなケムヨを見ると、自分のことも言えた義理ではないというのに、どうしても口を挟まずにはいられない。
「夏生はいいじゃない。素敵なお医者様の旦那さんゲットして、生活も安定だし、しかもいい年でそんな人と結婚できたんだから。正直私もそうなりたいって やっぱり思うところってあるんだもん。だけどケムヨは人とどこか違ってるし、誰かがアドバイスしてやらないと、このままじゃ一生独身だよ。夏生だって隠れて心配してるじゃない」
「そうなんだけど、でもケムヨちゃんは少しずつリハビリした方がいいというのか、面と向かって言うだけじゃ効果はないの」
「夏生先輩も、真理絵先輩も、ちょっと落ち着いて下さい。ケムヨさん、なんか後ろに魂が浮遊しているような、益々肝試しの飾りみたいになってますけど」
 留美に言われて、ケムヨを見れば、前に垂れ下がった髪の毛の隙間から目がぎょろりと覗き込んでいた。
 三人は一瞬ぞっとしたが、なんとかその場の雰囲気をよくしようと笑顔を無理に作りこんでケムヨに向けた。
「ケムヨちゃん、ちょっとは笑おうよ。昔はこんなんじゃなかったのに」
「私がケムヨと出会ったときはすでにこんなんだったけど、夏生、いつからケムヨと知り合いなの?」
 真理絵に言われて夏生はちょっと口が滑ったとばかりに少し慌てた。
「以前のケムヨさんって今とどう違うんですか?」
 留美も興味があると身を乗り出した。
 質問に答えていいものかと夏生がケムヨを見ると、前に垂れた長い髪を掻き分けてケムヨが無表情で答えた。
「私のことはどうでもいいの。この先独身であっても気にしないし、それに私そんなに長生きしないだろうし……」
「ケムヨ! あんたまさか自殺とか考えてるとか言わないでよ」
 真理絵がびっくりして声をあげてしまった。
「真理絵、落ち着いて。ケムヨちゃんはそんな子じゃないから」
「なんか、ケムヨさんって冷めすぎ。一体なんでそうなっちゃったんですか」
 留美は首を傾げて不思議そうに見つめていた。
 一人静かなケムヨに対して、周りの三人は踊らされるように声を出していた。
 それを見兼ねてケムヨはボソッと答えた。
「あのさ、人生って様々だし、世の中不公平だなって感じると私にできることってなんだろうって思ったら、自分らしく好きに生きることだなって、そう思った だけ。私これでも皆が思っている以上にすごく恵まれてるから、だから自分の好きなことできることに精一杯感謝してるんだけど。例え恋人が居なくてもすごく 幸せなんだけど」
「それのどこが恵まれてるのよ。ケムヨ、あなたもう少し人間らしく……」
 真理絵がいい掛けた言葉に誰もがそこまで言わなくてもと思ったとき、助け舟を出すように突然誰かの携帯電話から賑やかな音楽が流れてきた。
 夏生がすばやく携帯電話を取り出し受け答えする。
 どうやら相手は結婚したばかりの夏生の旦那からだった。
「うん、そうなの。真理絵と留美ちゃんとケムヨちゃんが来てくれた。そっちは? わかった。それじゃ待ってる」
 夏生が電話を切ると一番黙っていられない真理絵が代表して質問した。
「旦那さんがここに来るの?」
「うん、今知り合い三人連れてここに向かってるって。というわけで、今日は合コンということで」
 夏生の口から出た合コンの言葉がケムヨに重くのしかかった。
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