第一章


 テーブルの端に座るケムヨと将之だけ隔離されたように、異様な空気が流れていた。
 それはバリヤーのごとく、口も挟めず、二人の間にも入れず、皆邪魔できず、放って置いた方がいいと二人を好きにさせておいた。
 二人のことは気にせず残りは残りで楽しく飲んでいる。すっかり割り切っていた。
 夏生と豪の新婚生活を肴に同じ医者である澤田和義が二人の馴れ初めの話を暴露している。
 素敵とばかりにうっとりと留美が聞き、やるわねと冷やかすように真理絵は夏生をわざと虐めている。
 仲がいい女子達の様子をかわいいと男性陣はなごんでいた。
 合コンというよりも、夏生と豪を改めてお祝いするような席となり、皆リラックスして会話をしている。
 だが、いきなりドンとテーブルを叩く音がしてはっとした。
「さっきから優しい態度で私の機嫌を取ってるみたいね。その歯の浮くような言葉もわざとらしい。いい加減に化けの皮をはがしたら、将之」
「おっと、俺は元々こういう人間なんだけど、どこか気に入らないところがあった? ケムヨ」
 良く見れば、空のジョッキがいくつか並び二人だけ酒のペースが速い。
「ちょっと、ケムヨちゃんどうしたの? そんなに飲むなんて珍しい」
 夏生が心配になりおろおろする。
 豪もまた直接連れてきた友達じゃないので妻をフォローできずどうしていいのか分からない。
 皆が唖然としていると空気を読んで貴史が将之に落ち着けと腕を抑える。
「おい、将之、一体何してんだ」
「何してるって酒飲んでケムヨと話してるんだけど」
「おい、あの事で自棄になってるんじゃないのか」
 貴史は小声で賭けのことを示唆すると、将之は勝負はまだだと反発するように貴史を睨んだ。その態度で図星だったと貴史は頭を何度か振って呆れていた。
「ケムヨさん、こいつ酔ってるんですよ。気にしないで下さいね」
 貴史は意地っ張りな将之が苦戦しているのに気がついてここらで勝負を終わらせようとした。
「酔ってなんかねぇよ。ちょっとケムヨを気に入りすぎただけだ」
 ここで負けてたまるかと将之はムキになってしまった。
 酒も入ってるせいかもしれなかったが、こんな本気を出した将之を見たことがない。相当の兵(つわもの)だと貴史はケムヨに視線を向けた。
 ケムヨはジョッキに残っていたビールを一気に飲んだ後、ジョッキをテーブルに置いて口元を少し上向きにさせた。
「相当あなたも変わってるのね。でもその裏に何を考えているかぐらい分かってるわよ。こんな私なんかに近づこうとするような男はただのカラカイか、または私が……」
「ケムヨちゃん!」
 ケムヨの言葉を遮るように夏生が名前を呼ぶ。
「あの、将之さん、すみませんが、ケムヨちゃんも酔ってるみたいです。どうかそっとしてやって下さい。今日は無理やり私が連れてきてしまって、彼女慣れない席で戸惑ってるんです」
「やだ、ケムヨが酒癖悪いなんて知らなかった。会社では大人しいから意外だわ。でもケムヨを見直したわ。かっこいい人を目の前にしても物怖じせずに絡むなんて、私以上の男っぷり」
 真理絵が陽気に茶々をいれる。
「ほんと、ケムヨさん、なんかいつもと雰囲気違います。お酒が入ると強いんですね」
 合わせる様に留美も言葉を挟み、そしてニコッとすると場は知らずと和んだ。
「いや、なんか面白くなってきた感じだ。いいね、こういう気持ちいいお嬢さん方を相手に酒を飲むのも。仕事の鬱憤が晴らされる」
 義和が言うと、豪は医者の立場をわきまえろと頭を軽く叩いていた。
「医者も大変そうですね」
 貴史が何か面白い話は聞けないかと期待して突っ込む。酒を飲んで気が大きくなっていた義和は乗せられたように病院の裏側を面白おかしく語りだした。それ には皆すぐに興味をそそられ聞いてしまう。そこから話が弾んで話題が飛び交い、いつの間にかケムヨと将之はまた隔離されたようになった。
 話に夢中になって笑い声が飛び交う中、冷静になった将之はケムヨに話しかけた。
「さっきは何を言いかけたんだ? 自分に近づこうとするような男はカラカイともう一つどんな奴だよ」
 途中までいいかけられてやめられると物事をはっきりとさせないと気がすまない将之は気になって仕方がない。
「それはあなたが一番良く知ってるんじゃないの? もういいわ。とにかくあなたのような人が無理に私と話をしようと近寄ってくること自体おかしいと誰だっ て思うわよ。甘いマスクで世間で羨ましいとされるステイタスを持っているような男が理由もなく私を相手にすると思う? あなただって女性が近づいてきたら まずは何か打算的な理由があるんじゃないかって一番に疑うような人でしょ」
「へぇ、よくご存知で。しかしそこまで見抜いているとは少し驚きだ。ああ、そうだな。全くその通りだ」
 あっさりとケムヨの言葉を認めた。
「あら、少しは意地の汚い部分があるかと思ったら意外と素直なところもあるのね」
「お褒め頂き光栄です。ああ、もう黙って置けなくなったってところかな。あんたは本当に筋金入りだ。俺の誘惑に屈しなかった初めての女だ」
「やっぱりからかっていたってことか」
「いや、そうじゃない。俺はあんたがほんとに気に入った。そのふざけた名前も、予想以上にしぶとい性格も」
「それって喜ぶとこ? それとも怒るとこ?」
「そんなことどっちでもいいさ。大切なのは俺が気に入ったってこと。あんたのような女と一度付き合ってみたい。なあ、俺と付き合わないか」
 将之は勝負を挑むような目を向けて、そして静かに微笑んだ。
 ケムヨは暫くじっとその瞳を見つめていた。
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