第十二章


 ケムヨに将之を任せて、修二は静かに部屋から出て行った。
 将之はケムヨに抱かれて落ち着き、また深い眠りについていく。
 将之をそっとベッドに寝かし、ケムヨは側でマサキの面影を探しながら将之の寝顔を見つめていた。
 色んな将之の顔が見えてくる。
 ケムヨは一つ一つ思い出して振り返った。
 プラネタリウムで一緒に星を見たあの日、夜が嫌いだと言ったこと。
 真剣に前を見据えて車を運転していた理由。 
 手を繋いで星空を見上げたとき、孤独を恐れていると吐露していたあの時のことも、今なら全て理解できる。
 合コンで初めて会ったときに、すでに充分不幸を味わってきたと言っていたことも思い出した。
 そして、将之が突然違う人に見えた、カラオケで過ごしたあの時、あれは自分の父親と会った後だと気がつく。
 ケムヨが笑美子だとわかったから、子供の頃のケムヨが『マサキ君』と呼んでた時の彼に戻っていた。
「だったら何でそのときに言ってくれないのよ」
 全てを理解して、将之という人物が見えてくると、ケムヨはぼろぼろと涙をこぼさずにはいられなかった。
 死んだと思っていたマサキは、ひっそりと生きていて、そしてまた偶然にもケムヨと出会っていた。
 もっと早く自分が気がついていたら──。
 そんなことを悔やんでも後の祭りだった。
 将之がケムヨを口説く賭けをしていたと聞いただけでショックを受けてしまったこと、裏を返せば将之がケムヨの中に深く入り込んでいた証拠だと言える。
 将之のことをなんとも思ってなかったら、やっぱりと納得して笑い飛ばせるところだった。
 将之が誤解を解こうとやってきたときなぜ信じてやれなかったのだろう。
 将之のことをちゃんと見てれば、いつだって偽りのない真剣な態度だって分かったはずなのに。
 自分の感情とプライドに囚われて真実を見失っていた。
 好きになっていたから、それを認めるのが悔しく、つい意地を張ってしまった。
 だからわざと将之を傷つけるような言葉を選び、自分の感情を誤魔化そうとしていた。
 ケムヨは酷く後悔した。
 自分のせいでプリンセスは死んでしまった。
 そしてこんな辛い思いを将之にさせることはなかった。
 落ち着いて物事を客観的に見れば問題なく対処できたことだった。
 自分がどれほど将之に甘えていたか、将之のことがこんなにも好きだったということを、取り返しのつかないことが起こってから気がついた。
「将之、ごめんね」
 その晩はずっと将之を見守っていた。

 朝方、ベッドにもたれてうつぶせになっているケムヨの頭を何かが優しく触れていた。
 ケムヨが顔を上げると、将之がまどろんだ目でケムヨを見つめていた。
「将之、大丈夫?」
「ケムヨ、なぜここに?」
 将之は起き上がり、頭を抑えて顔を歪ませる。
「頭が痛いの?」
「ああ、少しぐらつく」
「何か欲しいものない?」
 将之は首を横に振った。
「プリンセスはどうなったんだ。俺あの後どうしたんだ?」
 ケムヨは険しい表情になり、言葉が出てこなかったが、それで将之には充分伝わった。
「そっか、やっぱり死んでしまったのか」
「ごめん、将之。私のせい」
「違う、俺が悪いんだ。何もかも俺のせいだ。ケムヨは悪くないよ。俺がいい加減でしっかりしてないから罰が当たったんだ。プリンセスには本当に申し訳ないことをしてしまった」
「お願い、もう自分を責めないで。あなたは何も悪くない。いつだって一生懸命だった。修二さんから全て聞いたの。ご家族を事故で失ったことも、そしてあなたがマサキ君だったってことも」
 将之は一度静止した後、ふーっと息が漏れて面映く俯いた。
「そっか。本当ならもっと楽しく明かしたかったんだけど」
「何言ってるのよ。言うのが遅いわよ。気がついた時点でどうしてもっと早く教えてくれなかったのよ」
「だって、俺、イベントの仕事してるし、やっぱり演出とか必要かなって思ってしまって」
「バカ!」
 将之はその通りだと苦笑いになっていた。
 ケムヨは泣くまいと思っていたのに、堪え切れず涙が溢れ出てきた。
 将之はそれを拭おうとケムヨの頬に触れた。
「俺、ケムヨに変なところ見せちまったんだろうな。迷惑かけてすまなかった」
「何言ってるのよ」
 将之はぼやっとした眼差しで宙を仰いだ。
「プリンセス、ちゃんと天国へ行けたかな。俺がもっと早く引き取っていたら」
 将之は目を赤くさせていた。
 ケムヨもプリンセスのことを思うと胸が痛くやりきれない。
「なあ、人は死んだら星になるっていうけど、俺の父や母や妹も、そしてプリンセスもやっぱり星になったんだろうか」
「私はどこか素敵な星に皆一緒に住んでるような気がする。そこできっと待ってくれてるんじゃないかな」
 将之は目を瞑り、その光景を思い浮かべた。
「そうだよな。きっとそうなんだろうな」
 将之の目尻が濡れていた。
「将之、今度一緒にその星を探しに行こう。街の光に邪魔をされない本当の星が沢山見えるところに行こう」
「ああ」
 二人は暫くプラネタリウムで見たときの映像を思い描いていた。
 ケムヨは将之の手を取り優しく包み込む。
 次第に二人は手の指を絡めてしっかりと握っていた。
 探し続けていた星をその手で掴んだように。
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