第十三章
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梅雨も明け、夏が本格的にやってきた頃、ケムヨと将之は以前約束した通り、星を見るために人があまりやってこないような山を登っていた。
「ケムヨ、大丈夫か」
石がゴロゴロとした険しい坂道で将之が上から手を差し伸べた。
それをケムヨはしっかりと握って登りつめる。
「ふー、苦しい」
「頑張れ、頂上まで後もう少しだ。暗くなる前に登らないと」
背中には大きなリュックを背負い、二人は上へ上へと上っていく。
「別にこんな山奥にこなくても、田舎の川の麓とか空が見えたら良かったんじゃないの」
「星に一番近い場所で見るのがいいんだよ。文句言ってないで登れ」
ケムヨはハアハアと息を弾ませていたが、最後の力を振り絞りぐっと足に力を込めて登りだした。
あまりにも辛い坂道に、こんなとこ二度と来るかと怒ってしまったが、頂上に来てその気持ちは吹っ飛んだ。
山の頂上は草原のように平らな場所があり、その先を見れば遠くの山の稜線が無限に見渡せる。
夕焼けに染まる空と山が見事に美しく、登ってきた苦しさがすーっと消えた。
「なんてきれいなの」
次第に暗くなっていく空にポツポツと星も顔を覗かせている。
「少し明るいうちに飯食っちまおうか」
もって来た食料を広げ、空に近い山の上の二人だけのパーティとなった。
将之は山の男のように逞しく、その時夕焼けの柔らかな光をうけて優しく笑っていた。
「本当にケムヨとここへ来られるとは思わなかった。最初はあんなに嫌がってたのに」
「あの時はまだ将之のこと良く知らなかったし……」
本当はこの状況がなんだか恥ずかしくて、髪の毛が風でなびいたのをいい事に、誤魔化すように顔を背けた。
風が気持ちよく吹いて、汗ばんだ肌を涼しくしてくれる。
星もはっきりと見えてきた。
将之が立ち上がってケムヨに手を差し伸ばす。
ケムヨが将之の手を取ると、力強く引っ張られて、その反動で将之の胸によろけてしまった。
辺りが薄暗くなっていく中、将之の顔がどんどん近づいてくる。
誰も見てないのをいいことに、大胆にケムヨにキスをしだした。
無数の星が煌めく下の将之のキスは、心ドキドキと星の瞬きに合わせて波打ってしまう。
重なる二人のシルエットは、黒く塗りつぶしたように、広大な自然の背景の中で絵になっていた。
その晩、ケムヨは将之の腕枕に頭をもたせかけ、大地に寝そべって星を眺めていた。
「幸造さんは喜美子さんのこといつまでも愛してるんだね」
「どうしたの、いきなりおじいちゃんのこと話し出して」
「幸造さんがどうやって喜美子さんと出会って恋に落ちたのかななんてつい考えてしまって。幸造さん言ってたけど婿養子だったんだって?」
「うん。おじいちゃん、おばあちゃんの家で奉公してたんだけど、その時おばあちゃんに一目ぼれしたって言ってた。身分も違うし叶わぬ恋だったけど、仕事で実績を作ってのし上れば認め
てもらえると思って、おばあちゃんの会社に必死で貢献したんだとか。想像を絶するくらいの苦労があって、そこにおばあちゃんとのロマンスもあったらしい
よ。詳しいことはわからないけど、またそれはおじいちゃんの物語だからね」
「そうだな、俺たちには俺たちの物語があるからな。だけど幸造さんの苦労した気持ちはなんとなく分かる気がするよ」
ケムヨがクスッと笑うと、将之は腕枕を提供している手でケムヨの頭を包み込んだ。
「やはり都会で見る星と全然違うな」
「そうだね。こんなに星があったんだね。将之は今どれを見てる?」
「今はケムヨを見ている。ケムヨが俺にとって一番輝いているから」
ケムヨは臭い台詞と思っても、胸がドキドキしてたまらない。
将之を見つめ返し、二人はにっこり笑うと、再び一緒に空を見上げた。
頭上の星は夜の真っ暗い空を飾りつけ、ロマンチックな美しい姿を存分に見せつけていた。
二人で見る夜の空、その向こうに広がる宇宙、それはとても広大な夢のようだった。
手を固く握り合えば、お互いのぬくもりが自分達の位置を教えあう。
いつもこの人の側にいられますように。
二人は夜空の輝く星に願わずにはいられなかった。
The End