第十三章


 その後、翔は百合子と話しながら沢山の酒を浴びていた。
 酔わないとやっていけないのもあったが、ついでに百合子の紹介の話について詳しく聞いていた。
 フランスでは日本の文化が流行っていて、とても人気があると知らされ、興味が湧いてくる。
 百合子が紹介したいという女性に会ってもいいと、承諾していた。
 その様子をケムヨと将之はなんとも言えない顔で見ていると、翔は目をとろんとさせて突っかかった。
「仕方ないだろ。ケムヨに振られたんだから」
 ケムヨも放っておくことにした。
 翔はかつての恋人だったが、それはもう随分昔の話。
 その間、悩んで、苦しんで、辛い日々を過ごしたが、それを吹き飛ばしてくれる人とようやく出会った。
 その人物は自分の小さい頃を知っている。
 そして今、自分の好きなキャラクターの服を着て側に座って微笑んでいる。
「将之、修二さんグッドジョブだわ」
「えっ?」
 修二のアイデアはケムヨには効果的だった。将之の腕をとり、ケムヨはぎゅっと抱きしめた。
「シャー、大好き」
「おい、ケムヨ。なんか間違ってないか?」
「なんでもいいじゃない」
「いいことないよ。俺をしっかりと見てくれ。衣装じゃなく」
 シズとゲンジは側で見ていて笑っていた。

 二人は話が弾んでいる翔と百合子を放っておいて、表庭に出てきた。
 また辛い事故と向き合い、自分達の過失を正面から受け入れようとしていた。
 あの雨の夜のことを思い出すのは辛いが、しっかりともう一度見つめて気持ちの整理をつけようとする。
 二人で乗り越える試練の一つとして、この先もしっかりと覚えておかなければならない。
 二人はぎゅっと手を握り合ってお互いを支えるようにプリンセスのお墓の前に立った。
「ここにね、プリンセスが眠ってるの」
 ケムヨが寂しく伝える。
 こんもりと盛られた土を二人はじっと見ていた。
 日はすでに落ち、辺りは暗くなっていた。いつもならプリンセスが餌を求めてここにやってきていたはずだった。
 それを思い出せば胸が痛いほど軋む。
「プリンセスには本当に申し訳ないことをしてしまった。自責の念を感じ、何度謝っても足りないし、それは悔やまれて仕方がない。でもこうやってケムヨと心が通じ合うことができたのはプリンセスのお陰だ。本当にありがとう、プリンセス」
 将之は手を合わせて祈った。その隣でケムヨもそっと祈った。
「私のおばあちゃんね、ここで一杯猫を飼ってたんだって。私も今度ノラ猫が迷い込んできたら飼おうと思う」
「それなら一緒に飼わないか?」
 ケムヨはその言葉の意味にすぐ気がついた。
「そうだね。その手もあったね」
「そしたら、俺とのこと真剣に考えてくれるのか?」
「だけど、私はあの会社を継ぐかもしれないのよ。私は姓を変えられない」
「じゃあ、俺がそっちに行けばいいだけさ」
「あれ? 将之は私をそこから救ってくれるんじゃなかったの?」
「俺はケムヨをしっかり支えるよ。だから安心して後を継げばいいよ」
「主夫になるってこと?」
「そっか、その手があったか。それもいいかもな」
 将之は軽く微笑んだ。
「結婚って一体なんだろうね」
「そんなの結婚してみなきゃわからないよ。答えなんて後で見つけたらいいんじゃないか。俺はケムヨと一緒にこの先の人生を過ごしたい。それだけじゃだめか?」
「ううん、それで充分」
 将之が優しく唇を重ねてきた。ケムヨはそっと目を瞑って受け入れた。
 この先も一緒に歩んでいく。そんな始まりの第一歩のようなキスだった。
 喉を鳴らしながらプリンセスが足元でじっと見つめてくれてるような気がした。
「ねぇ、これからもその服たまに着てよね」
「まだこの服に拘るのか?」
「ヘルメットとヘッドギアは作ってないの?」
「おいっ……」
 いい加減しろと将之は思ったが、そんなに好きだったのかと思うと自然と受け入れる体制になっていた。
「ちゃんと作ってあるよ」
 ケムヨの顔が明るくなった。
 二人は密着するように一層寄り添って、プリンセスのお墓の前でこの幸せに感謝していた。
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