第十三章
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社長室で役員達を呼んで幸造はケムヨを改めて紹介する。
ケムヨは緊張していたが、役員達に拍手とともに温かく迎えられたことで一先ずほっとしていた。
「須賀専務、笑美子のことは今までと同じようにサポートをよろしく頼む」
幸造に頭を下げられて須賀は承諾する。
「副社長就任おめでとうございます」
須賀から祝福の言葉を貰いケムヨは少し照れくさくなっていた。
「須賀専務、まだまだ未熟ですが宜しくお願いします」
社長室に窓から太陽の光がさしこんでいる。新しい始まりを思わせると同時に、ケムヨは身震いした。
「ところで副社長、この間の復讐の件ですが、本日実行されますか?」
須賀は吉永のことを意味していた。
パート以外に働いていた本業がここに居る役員達との仕事のことであり、ケムヨはスパイのようにパートで働き、従業員目線でこの会社を見つめてきた。
上が中々知られないような問題も須賀に報告し、吉永の不倫の話もとっくにちくっていた。
「はい。是非そうしましょう」
「それでは参りましょうか」
ケムヨはこの時ブランドのスーツを纏い、高級な時計やアクセサリーも身に着けている。
髪もアップにまとめて、化粧も念入りにしていつもよりもきつい印象があった。
副社長としての地位が認められるように身だしなみから気を配る。
ケムヨは颯爽とヒールの踵をコツコツと音を立てて歩き、その後を須賀が少し離れて歩いていた。
そして吉永がいる部署へ入っていった。須賀は暫く部屋の外で待機する。
「吉永課長、今すぐお話があります」
「なんだ、お前か。一体何のようだ」
背筋を伸ばして威厳溢れるケムヨの姿は、その部署の中で大いに目立っていた。
タケルと多恵子が部屋の隅で何かが変だと見守っている。
だが、タケルにはすぐにピンと来た。
「二宮さん、どうしたんですか? なんかニヤついてますけど」
多恵子が不思議そうに見つめていた。
「これから面白い事が始まるよ。見ててごらん」
タケルのワクワクした表情に多恵子は首を傾げていた。
「本日付けで、私はパートの仕事を辞めることになりました」
「ほー、それはそれは。やはり悪い噂を流したことでクビになったっていうことか。で、わざわざ俺に報告をしにきたのか?」
「クビにはなっておりません。首を今洗って用意しないといけないのはあなたの方じゃないでしょうか」
「首を洗う?」
「数々の暴言と仕打ち、部署内でのパワハラ、そして会社内での不倫、それは許されるものではありません」
「一体何を言ってるんだ」
「そして課長の役職の分際でありながら、虚偽の報告をしてその噂を広める。あなたこそこの会社にふさわしくありません。よってクビを宣告させて頂きます。今すぐ出て行って下さい」
「お前にそんな権限はない。さっさとここから出て行け。さもないと上に報告するぞ」
その時、タイミングよく須賀が入って来た。
「一体何の騒ぎですか、吉永課長」
「これは専務、ちょうど良いところに、実はこのパートが私に変なことを言いに来まして」
須賀はケムヨをチラリと一度見て「この方はもうパートではないですよ」と落ち着いた笑みを添えて言った。
そして続ける。
「この方はこの会社の社長のお孫さんであり、今日から副社長に就任されました」
これは周りのものも驚いたが、吉永は思いっきり目が飛び出た形相で息が止まった。
「副社長……」
吉永はその場で膝を着き、崩れていった。
ケムヨは副社長として会社のことを第一に考える。この時何の感情も持たずにまさに情け無用で吉永を冷たく見つめていた。
「副社長、この後スケジュールが詰まっております。ご準備の程を」
「須賀専務、この件に関しましては後宜しくお願いします」
「かしこまりました」
ケムヨは部屋の隅にいた、タケルにウインクをして、そして去って行った。
「姐御、しびれる!」
タケルは胸がすかっとしたように、はちきれんばかりの笑顔をケムヨの後姿に向けていた。
「一体どうなってるんですか?」
多恵子は訳が分からず、ケムヨに釘付けになっているタケルの裾を何度も引っ張っていた。