第十三章


 ケムヨの副社長の就任は電光石火のごとく会社中に広まり、ケムヨを知っているものは声に出して喫驚していた。
「えっ、嘘、ケムヨさんが副社長?」
 留美が目を丸くして優香と顔を見合わせる。
「あのケムヨさんが社長の孫だったなんて信じられない」
 優香は今までのことを振り返り震えてきた。自分の足元にも及ばない、思っていた以上に偉大な人過ぎて怖くなっていた。
 そこに翔が後ろから顔を二人の間に突っ込む。
「ケムヨが副社長になっちまうなんて、この間まで俺が上司だったのに。ずるいよな」
 翔は言うだけいうと高らかにわざとらしく笑って去って行く。
 その後は「逃がした魚はでかかった」とポツリと呟いた。
 しかし、百合子の紹介で本気でフランスの女の子と会うつもりでいたので、それに賭ける予定だった。
 話を聞いていると、かなりの資産家の娘らしく、翔の野心がうずく。
「世界を見てみるのもいいか」
 翔は後ろを振り返らないように、次に進もうとする。
 だが、人生最大の失敗だったと後悔しまくりだった。
 一つ救いだったのは、ケムヨと将之が幼馴染でお互いを昔から知っていたことだった。
 小さい頃から心を通い合わせていたのなら勝ちようがないと、負け惜しみながら敗北を素直に受け止めた。
 本当は自分の浮気が一番の原因だと言うのに、それを直視すると再起不能になるので別の理由で自分を誤魔化した。
 この後に翔はジャクリーヌというフランス人の女の子に実際に会うことになるのだが、そこそこ日本語は喋る事ができ、コミュニケーションには問題がなかった。
 肌も白く、明るい栗色の髪、青い目をしていて顔も中々かわいい。
 だがケムヨ以上にオタクの気質が強い子だった。
 日本の文化が好きといっていたが、それはアニメの影響を最大に受けていたということだった。
 将之がシャーのコスプレをしていたとき、見下した目で見ていたが、ジャクリーヌもまた色々なコスプレ着用を翔に要求する。
 ジャクリーヌは地位があり、金も、城も持っているために、それが魅力で翔は無下にできないでいた。
 言われるまま、コスプレをする羽目となっていくのだった。

 ケムヨが副社長に就任してから忙しくなり、将之と会うのもままならない日が続いたが、それに関係なく二人の絆はどんどん強くなっていく。
 時間が空けば昔を思い出して一緒に絵を描いたりと二人で楽しみを分かち合っていた。
 将之がケムヨのために描いたお姫様と王子様の絵はケムヨの部屋に飾られ、ケムヨは毎晩それを見ながら眠りに着く。
 将之がマサキ君だった。
 どこかで運命の繋がりを感じ、自分を救いに来てくれた王子様だとロマンチックに思っていたが、将之は違うと言い切る。
 将之にとったら逆シンデレラのように感じるらしい。
「俺の方がかっこいい王女様に迎えに来てもらった」
 真顔で言った後に将之は物語の結末にふさわしいキスをしてきた。
 ケムヨはもうどっちでもよかった。
「お互い星を目印に歩いてきたら出会ったってことよ」
 二人は時折夜空を仰いで星を見る。
 街の明るさに邪魔されても、無数の星がそこにあるようにしっかりと見つめ、まるで夜空を散歩するように楽しんでいた。
 
 ある日、夏生があの時の合コンに参加したメンバーと、そして今度は優香も誘って再び飲み会の設定をした。
 ケムヨもすんなりとその誘いに喜んで参加をする。
 ケムヨが副社長になったことで、真相を知らなかった者たちは久し振りに会ったケムヨに恐れ多く戸惑っていたが、ケムヨは以前よりも明るく振舞い、よく笑ったのでもっと親しみが湧くようだった。
「私、一生懸命ケムヨさんについていきます」
 留美が言うと優香も「私も!」と声を上げた。
 二人は忠誠を誓うぐらいケムヨを慕っていた。
 後にこの二人は正社員として雇われることになる。
 そこにはケムヨの意見が影響していたが、情けをかけたというよりも、こういう人材が欲しいとケムヨは素直に思った。
 留美も優香もケムヨの見込んだ通り、その後はデキル社員として成長していった。
 久し振りに会った懐かしい顔ぶれは、以前の合コンの時と違い、皆楽しく仲間として飲んでいる。
「懐かしいな。全てはここから始まったんだ」
 将之はジョッキを片手にケムヨを見つめて笑っていた。
 そんな時に新井真理絵と澤田義和が婚約したと発表された。
 これもまたサプライズの報告となり、お祝いの言葉が飛び交った。
「なんか置いてけ堀は俺だけかよ」
 楠井貴史はいじけだした。
「あら、私もそうですよ」
 さらりと言った後、留美はジョッキを持ってビールを飲んだ。
「留美ちゃん、なんで俺に惚れてくれなかったの?」
「私のタイプじゃなかったから」
 はっきりといわれて貴史は傷ついた。
「それじゃ、今日初めて会った優香さんにアタックしちゃおうかな」
 軽いノリで貴史が言った。
 優香は余所行きのスマイルで貴史を見つめる。
「私もタイプじゃなさそうです」
「俺、そんなに酷いのか?」
 将之に抱きついて嘆いていた。
 貴史はそこそこイケてる風貌だが、優香がタイプじゃないと断ったことにケムヨは驚いていた。
 あれほど合コンにいけなかったことで騒ぎ立てていたのに、すっかり人が変わったように落ち着いている。
 後で優香はケムヨのような女性をめざしていると、留美がそっとケムヨに耳打ちした。
 騒ぎ立てるばかりの中身のない女性ほどみっともないということに気がついたらしい。
 いいように自分の影響を受けてくれたのならケムヨも嬉しいと思えるのだった。
 何もかもうまく行っている。
 将之を見つめ、ケムヨは幸せな瞬間を感じていたが、すんなりそれで終わらせないようにともう一つ最後の難関が待っていた。
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