第十三章


 ケムヨの家族側はすんなりと将之のことを認めたので、もう怖いものはないと将之も思っていた。
 今度はケムヨが将之の両親に会うときがやってきた。
 一度ケムヨは和子と会っていたが、今回は正式に婚約者として紹介を受ける。
 将之の両親と言っても本当の血の繋がった親ではない。
 そのことについては分け隔てはないが、正直どのように接していいのかわからない。
 ケムヨは大きな契約を取るよりも、もっと大変な仕事のように緊張していた。
「大丈夫だよ。ケムヨはしっかりした女性だし、なにせ副社長じゃないか。こんなことで恐れてどうするんだ」
 将之の実家に連れてこられたとき、ケムヨはなんだか怖くなってしまった。
 会社の社長宅らしく、閑静な町に位置して、一般の家よりは大きくかしこまった風貌の立派な家だった。
 その家を見つめながら、ケムヨは大きく深呼吸する。
 家の中では、まず修二が玄関先で出迎えてくれた。
 そして応接間らしいところに通されて、将之とケムヨが緊張して待っていると、両親が入って来た。
 ケムヨは立ち上がり深くお辞儀をする。
「まあまあ、そう緊張なさらないで」
 将之の養父の篠沢玄太が貫禄のある落ち着いた声で気を遣う。
 ケムヨの祖父と違って、目つきが優しく、体も修二と同じようにふくよかな丸みを帯びて、七福神の布袋様のような朗らかさがあった。
 同じトップに立つ人間でも祖父と全くタイプが違うと、ケムヨは玄太に親しみを感じていた。
 隣で和子が目を細めて瞬きもなくじーっとケムヨを見ていた。
 和子の体も丸みを帯びているが、その目つきは蛇のように睨んだ凄みがあった。
 玄太が将之の生い立ちを語り始めている間、和子がお茶を出すが、その場の緊張は緩むことがなかった。
 これもさっきから和子が鋭い目つきをケムヨに突きつけていたからだった。
 将之もそのことに気がついていたのか、もぞもぞとして落ち着きがなかった。
 修二も一緒にいたので、時折「お母さん」と声を掛けて注意をしていた。
 それでも一向に和子の態度は変わらなかった。
「とにかく、将之、いい人を見つけてよかったな」
 玄太は祝福している。
「お父さん、今まで良くして頂いてありがとうございました。そしてお母さんも……」
 将之が和子に話を振ったときだった。
 和子は空気を裂くように叫んだ。
「私は反対です! まー君がお婿に行くなんて。まー君は篠沢家の跡取りですよ」
「おい、和子、何を言ってるんだ。うちにはもう一人、息子がいるだろう」
 なんだか雲行きが怪しくなっていくのを通り過ごして、いきなり嵐がやってくるようだった。
 和子は立ち上がり、将之に突進するように抱きついた。
「いやよ、まー君はずっと篠沢家にいるんだから。とらないで。代わりに修二をあげるから。煮るなり焼くなり好きにしていいから」
「和子!」
 玄太が慌てて叫んだ。
 和子はおんおん泣いていた。将之は困ってしまい、抱きつかれるままに困惑している。
 ケムヨもその光景に驚きすぎて静止したままだった。
 玄太が和子を将之から引き離そうと引っ張っている。
「和子、いい加減にしなさい。将之が決めたことなんだから」
「いやよ、いやいや。あなたや、修二がいなくなってもまー君だけはだめー」
 いい大人のやることではなかったが、和子は将之を息子以上に愛してしまっていた。
 暫く玄太と和子のやり取りが続き、引き裂こうとしても和子はしっかりと将之に張り付いて取れなかった。
 その間、子供のように騒ぎ立てて泣き叫んでいる。
 玄太も将之とケムヨに申し訳が立たず、これには恥ずかしくて、右往左往していた。
 その時、突然修二が恐ろしい剣幕で怒りだした。
「いい加減にしないか、お母さん!」
 普段滅多に怒ったことのない温和な修二が、鬼の形相で和子を睨んでいる。
 和子は我に返って動きが止まり、修二を見つめた。
 将之もケムヨも釘付けになって成り行きを見ている。
 修二は怒ったままの表情で母親に語りかけた。
「将之が好きなのは理解しているけど、俺も母さんの息子だろ。それに、会社は俺が継ぐ。将之に負けないくらいしっかり経営してやるよ」
 それは普段見せたこともない勇ましい姿だった。
「修ちゃん、怒ることもあるんだ」
 将之は感心していた。
 いや、もしかしたらこれが本来の修二の姿であり、普段は将之が肩身が狭くならないように、わざとダメな兄貴役を演じていただけなのかもしれないとはっとした。
 修二の怒りの叫びのお陰で、その場は収まった。
 普段怒られたことのない修二に言われて、その後和子はしゅんとして大人しくなっていた。
 その隣で修二が気を遣うように和子を支えていた。
「ケムヨ…… いや、笑美子さんでしたね。これからは将之のことをお願いします。将之もしっかりな、後のことは心配するな」
 それは本当の兄として頼もしく、将之はいい兄を持ったと賛美したくなる。
「まー君、血は繋がってなくても、いつまでも私はまー君のお母さんだからね。まー君の孫が出来ても私の孫だからね」
 和子は泣きながら訴えていた。
「当たり前だろ、お母さん」
 和子はやっと安心したのか、泣きはらした顔でにこりと笑みを見せた。
「笑美子さん、将之をどうか宜しくお願いします」
 和子もまた二人の結婚を認め、最後は本当の母親らしく振舞っていた。
 ケムヨはなんだか篠沢家が好きになった。じわじわとそのよさが見えるように伝わってくる。
 将之と見つめ合い、こんな楽しい家族が作れたらとそんな思いを込めて笑っていた。
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