第五章
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最新の技術が発達したプラネタリウムは、本来肉眼で本物の夜空を見るよりも壮大で醍醐味に溢れていた。
ケムヨは知らずと星々に魅了されていく。
ふいに隣に将之が座っていることを思い出し、何気に様子を伺うと、将之もまた振り返る。
スクリーンに映し出された光は、まるで星影のように将之の顔を仄かに浮かび上がらせた。
目が合ったことで慌てて言葉を交わすようにケムヨが微笑むと、将之も照れくさそうに口元を上げる。
だが、瞳はどこか寂しそうに見えたのは暗闇ではっきりと見えなかっただけなのだろうか。
すぐ近くに座っている将之がその時遠く感じた。
この感覚はなんだろうとその時ケムヨは思ったが、目の前の映像がドラマチックに展開されていくと次第に薄れていってしまった。
上映が終わったときには、魂ここにあらずで夜空の大ロマンに余韻を感じていた。
将之もそれに付き合うように暫くじっと座っていた。
周りは次々に立ちだして慌しく去っていく中、二人は取り残されたようにその場に留まっていた。
「星って一杯あるんだな」
将之がぼそっと呟く。
「あんなに一杯あるのに、どうして本物はあんな風に見えないんだろうね」
「ほんとだな」
「街の光が全くないところで見ればあんな風に見えるのかしら」
「どうなんだろう」
「本物の夜空を見てみたい」
「俺も」
静かに会話が流れていく。
二人の目にはまだ先ほどの星空が見えていた。
「それで、どうだった? 沢山星が見えたら、夜も悪くなかった?」
ケムヨは気を遣うように聞いてみた。
「そうだな……」
「それは良かった」
「ケムヨが側で一緒に見てくれたからかもしれない。来てくれてありがとう」
行き先も告げられず無理に連れてこられたのに、意外にも将之が殊勝になってお礼を言った。
どこか潤った目で深くケムヨを見つめている。
しつこくて強気の将之などまるで存在しないかのようにそこには着飾っていない将之がいた。
ついその姿を見つめてしまって、はっと気がついたときにはケムヨの方が恥ずかしい思いをした気分になった。
「えっ、それはこっちの台詞。入場料だって立て替えてもらったままだし、連れてきてもらったのは私の方だから私がお礼をいう立場なんだけど」
「これぐらいで気にすんな。デートなんだから」
将之は笑ってすくっと立ち上がり、さっさと出口めがけて歩いていった。
またいつもの将之に戻っていた。
「デートってさらりと言われても……」
ケムヨも困惑しながら立ち上がり、将之の背中を再び追いかける。
この日は将之の背中を見てばかりだった。
暗闇に目が慣れていると、外の明るさが目に沁みる。
青空が広がる空を見つめ、あそこには一杯星があるんだとケムヨはプラネタリウムの映像を思い出していた。
上ばかり見ていると、つい段差があるところでガクッと足を掬われてこけそうになってしまった。
「うわっ」と悲鳴に似た声を上げた瞬間、将之のがっちりとした腕がケムヨを支えていた。
「どこ見て歩いてるんだよ」
「あっ、ごめん」
不覚にも失態を見せたと恥ずかしくなるが、心臓が早鐘を打っていたのはそれだけが理由ではなさそうだった。
慌てて離れるがどうしていいのかわからず、最後は笑って誤魔化すしかなかった。
体制と服を整えて、ケムヨは背筋を無理に伸ばした。
将之はくすっと笑いを漏らしていた。
なんだかいい雰囲気だった。
それを維持したくて将之は優しい笑みを浮かべ、次に持っていこうとする。
「少し早いけど、飯でも食いにいくか?」
「えっ、食事?」
「俺と一緒に飯を食うのが嫌なのか?」
「嫌ってことじゃないけど、ほんとにこれじゃデートだなって思って」
「何を今更、俺はデートだと思ってるぞ。とにかく腹が減ってきた。行くぞ」
将之はケムヨの腕を引っ張っていった。
つんのめりながら歩くケムヨは将之のいい玩具のようだった。
側で誰かが見ていたら、仲のいいカップルに見えるからこのシチュエーションは性質が悪い。
なぜなら敵意を向けた目でそれをその誰かが見ていたからだった。