第七章 その事を知っても気持ちは変わらなかった


「最近目まぐるしい」
 雑巾を持ってケムヨが社内のデスクの拭き掃除をしてゴミを集めながら呟いた。
 騙されて合コンに参加してからというもの、将之がしつこく付き纏い、そこから色々な事が起こっているように思えてならない。
 全部が将之のせいとは言わないが、あれが入り込んでからというもの、風穴が開いていつもの穏やかな生活が乱れてきたのは事実だった。
 会社でも問題に巻き込まれ、これ以上の被害を受けないようにとケムヨはいらぬ神経を使うようになり疲れやすくなったと首を左右に振って肩を叩いていた。
 だがここで気を抜けないと、この日もケムヨは注意深く自分の仕事を行っていた。
 あれから露骨な嫌がらせは受けてはいない。
 その対策として、他愛無いことでも従業員たちに声をかけることで、こちらは常に目を光らせてるんだという誇示を犯人につきつけていたからだった。
 嫌がらせをする犯人も今は様子を伺っているところなのかもしれない。
 一先ずは安心できた。
 昼休みになると、ケムヨはタケルと多恵子の事が気になって、社員食堂で彼らを探してしまう。
 タケルが多恵子と一緒に食事している姿を見つけて、なぜだかほっとした。
「ご一緒してもいいかしら」
 邪魔するのも気が引けたが、その後の二人の事が気になりトレイを持ってにっこり笑う。
 二人は文句なく大歓迎だと笑顔を見せたので、ケムヨはタケルの隣に腰を下ろした。
 多恵子はまた前日のお礼を口に出し、タケルから清水のことを聞いた話をする。
 多恵子もそう言われればなんとなく思い当たる節があると言い出して、その話をするために昼休みこうやって一緒に食事をしていると説明していた。
 自分がすでにタケルに好意を持っているということを知られているのに、それを割り切って平然と装っている様子がどこかいじらしくも思える。
 本当は落ち着かず、完全に自分の疑いも晴れてないことを考慮して慎重にタケルと向き合っている姿がケムヨには見えた。
 時々多恵子はタケルと目を合わせるのが辛くて、その度に無理に笑っていたように見えたからだった。
 それでも真っ向から挑もうと負けずに踏ん張っている姿が、初めて会ったときのイメージとは違っていた。
 多恵子はまだまだ若い。
 この先もっと色んなことを経験して成長していくように思えた。
(若いっていいな)
 久し振りにそんなことを思ってしまう。
 以前自分もあんな風に頑張っていたことをケムヨは懐かしく感じていた。
 今ではすっかり色褪せてしまった自分が悲しく、それでもいいと思っていたのにどこか物足りなくなってしまった。

 タケルと多恵子を激励した昼食後は、ケムヨも職場に戻りお腹が膨れた後の眠気を覚ますように伸びをして、またぐっと体に力を込めた。
 そんなときに後ろから肩を叩かれびくっとした。
 振り返れば優香がにんまりとした笑顔を見せて立っていた。
「どうしたの優香さん?」
「あの、今日仕事終わったら空いてませんか?」
「えっ?」
「合コンがあるんですけど、ケムヨさんも行かないかなと思って」
 ケムヨは正直「へっ?」と思った。
 優香が何を考えているのかが分からない。
 なぜ自分にそのようなことをふるのだろう。
 何かを企んでいるのだろうかと疑心暗鬼になっていた。
「わ、私は、その、合コンはちょっと」
「やっぱり、ダメか。それじゃあの将之さんと言う人と上手くいってるんですね」
「えっ!? ち、違うわよ。そうじゃなくて」
「いいんです、無理をされなくても。さてと私も今日頑張ろうっと。でも他に誰を誘うおうかな」
 優香はあっけらかんとして園田睦子の方に寄って、ケムヨに聞いた同じ質問をしているようだった。
 優香の行動がよく分からなくてケムヨは留美の側に行き、合コンに誘われたことを話した。
「そうなんですよ。私も誘われて、断りにくかったから行くんですけど、ケムヨさんも誘われたんですか?」
 留美は優香の行動に不思議そうに首を傾げた。
「優香さんは起伏が激しいところがあるから波もあるんでしょうけど、今のところはハッピーみたいね」
「でもまたそれが崩れたらケムヨさんに八つ当たりしないか私心配です」
 留美はまだ優香を疑っている。
 しかし優香を見ていたら、ケムヨは本当に優香から嫌がらせを受けているのか半信半疑だった。
 それともただ油断させるためだけの行動だったのか。
 そう思うとケムヨも結局は優香を疑っている側だということに気がついてしまった。
 そしてこの日はそれ以上何も起こらず終了した。

 家に帰れば、いつも見る大きな影が見当たらない。
 辺りを見回してもアイツもプリンセスもどこにもいなかった。
 将之を邪魔者扱いにしながらも、こうやって姿を確認しようとしている自分にケムヨは何をしているんだと呆れてしまう。
 頭を振りながら、ドアを開けると玄関で男物の靴が目に入り、次に笑い声が耳に入った。
「この声は」
 そう思って、ダイニングの方へ向かえば将之がそこに座っていた。
「よっ、お帰り」
「なんで、あんたがここにいるのよ」
 とはいいつつ、その顔を見るとケムヨはなんだかほっとしていた。
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