第七章


 都会の混み入った環境を緩和するように、木々が植えられた広場がその辺りには設けられていた。
 そこを見下ろすように高層ビルのようなマンションが聳え立っている。
 将之はその建物のエントランスめがけて真っ直ぐ進んで行った。
 高級感溢れる外見通り、セキュリティはしっかりとしていて、建物の中へ入るまで色々な操作をするところが近代的だとケムヨは珍しそうに見ていた。
「いいところに住んでるんだね」
「まあな」
 建物の中に入り、ロビーのような場所を通ってマンションのエレベーターに二人は乗り込んだ。
 エレベーターの中は、一度入り込むと逃げられない空間なので緊張が高まりやすい。
 狭い場所で二人の距離が圧縮されるように縮まっている。音も吸収されるくらい静かだった。
 そこでは狭さが妙に圧迫感となり、二人の意識が活性化していた。意識しすぎて、どちらもドキドキとしている。
 一番上の階だと将之は言うが、その後の会話が途切れて居心地が悪くなった。
 狭い箱の中ではどこを見ていいのかも分からず、ただ早く目的の階につけとランプで記される階を表す数字を二人は見つめていた。
 エレベーターが最上階につき、そこを降りたとたん解放されたようにまた気が楽になる。
 ついほっとしてしまい、エレベーターの憎い演出で、二人はなんだか笑って顔を見合わせていた。
 将之が自分の部屋のドアの前に立ち「ここだ」と知らせ、鍵を開けドアを開いてケムヨを招き入れる。
 そして中に入ってケムヨはびっくりした。
 リビングルーム、ダイニングルーム、カウンターキッチンが一つになった大きな部屋に、子供のお誕生日会のような飾り付けがしてあった。
 ケムヨが立ち止まって驚いていると、将之がやりすぎたかなと苦笑いになって弁解する。
「楽しい方がいいかなと思って、こういう仕事してるし」
 ケムヨも素直にそれを受け入れ「ありがとう」と言うと、後は笑いが止まらなかった。
「そんなに笑うなよ」
 しかし、将之が一人でせっせと飾り付けをしている姿を想像するとケムヨはおかしくてたまらなかった。
「適当に座っててくれ。まずは腹ごしらえ」
「えっ、料理するの?」
「だから言っただろ、楽しく星を見ようと準備してたんだよ」
 そう言って、将之は台所に立ち、冷蔵庫から色々出して食事の用意をする。
「なんか手伝おうか」
「いいよ。今日はケムヨはお客様だ。俺がどんな男かしっかりと見ていてくれ。さあ、今日は爪を出すからな」
「へっ? 爪?」
「能ある鷹になるってことさ。以前俺にはいいところがないとか言ってくれたけど、俺料理は出来るぞ。結構手先が器用なところ見せてやる」
 ケムヨはなんだか圧倒されてしまう。
 すると将之はケムヨに何かを放り投げた。
 ケムヨはそれをパシッと掴み、まじまじと見つめた。それはビニール袋に赤い唐辛子が入っていた。
「何よこれ」
「だから鷹の爪だよ。どうだ参ったか」
 ケムヨはポカーンとしてしまった。
「あれ? そこ、笑うところなんだけど。ちょっと高度過ぎたかな」
「将之…… バカ」
 ケムヨが呆れた声で言うと、将之は「おいっ」と突っ込んだがその後は屈託のない笑顔で笑っていた。
 部屋の飾り、料理の用意、そして楽しまそうとことわざにちなんで鷹の爪まで準備してくれていた将之。
 ケムヨは黙りこんでじっと鷹の爪を見つめていた。

 ダイニングテーブルに将之は料理を並べていく。
 ローストビーフのスライス、チーズの盛り合わせ、サラダ、フレンチバゲットとお洒落に盛り付けされていた。
「これ将之が焼いたの?」
「まさか、全部実は買ってきたものを盛り付けただけ。俺こんなに器用じゃないよ」
 見栄を張らずに素直に種を明かす将之に、ケムヨは男らしさを感じるほどだった。
 嘘をついて演出に懲りまくるかっこつけの男よりよっぽどいい。
 将之はワインを手にし、軽やかな音を立てて栓を抜いた。
 席に着いたケムヨの前のグラスに注いでいく。
 そして自分のワイングラスにも注いでそれを持つと、ケムヨとグラスを重ねて透き通る音を奏でた。
 それを一緒に飲むと、急に楽しい気分が、体に張り巡らされた血管全てにいきわたるようだった。
 ケムヨは久々に心から楽しいと感じていた。
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