第三章


 真理が心の中で葛藤している時、優介に恋心を抱く他の女生徒が先に紫絵里を攻撃したのは、自然な流れの事のように思えた。
 それは陰湿に上履きの中に画びょうを入れたり、故意にぶつかってきたり、直接体を傷つけるものから、本人に隠れて鋭利な言葉をSNSようなネットの環境で書き込むものだった。
 その首謀者が柳井瑠依だということも同時に思われていた。
 優介を巡って紫絵里と瑠依の対立。
 クラスの女子の間では誰も直接口にしなくとも、その戦いを感じていた。
 しかし、瑠依も周りの取り巻きを除けば、そんなに人望は厚くない。
 結局のところ、直接関係ないものは流されるように面白がり、ただ自分よりいい思いをしている紫絵里に個人的に嫉妬を感じて、鬱憤を晴らしているようなものだった。
 巻き込まれたくない者は、黙って見て見ぬふりをしている。
 ただ今は、調子に乗った紫絵里を見るのにうんざりしている者の感情が強く、事態はそっちへと流れているように見えるだけだった。
 紫絵里も自分がクラスで嫌われている事は百も承知で、優介と仲がいいから多少の攻撃があっても我慢できていた。
 自分が優介の彼女になれると信じ、それが実現すると思い込んでいる。
 そんなときに悪口言われても想定範囲であり、嫉妬する人々が却ってお気の毒と嘲笑ってしまう。
「バカみたい」
 その一言でいつも片付け、余裕を見せていた。
 ある日の放課後、瑠依が紫絵里を呼び止めた
「瀬良さん、話があるの」
 いつか見た光景だと、紫絵里は冷めた目つきで睨み返した。
「私はないわ」
 鞄を手にして、瑠依の話など聞く耳持たずの態度で、帰ろうとすると、咄嗟に腕を掴まれた。
「待って、とにかく聞いて」
「ちょっと、離してよ。今更何を聞けっていうの? またいい気になるなって釘を刺したいの。そんな事わざわざ私に言いに来なくても、すでに嫌がらせはたっぷり受けてるわ」
「違うわ」
「何が違うのよ」
「だから、私じゃないのよ。あなたを攻撃してるのは」
「はっ?」
「松永君の事はすでに私は諦めたわ。彼は瀬良さんの事が好きだと思う。最初は気持ちの整理がつかなかったけど、今は吹っ切れたつもりよ。それなのに、なぜか私が瀬良さんをいじめてるって事になってるのが嫌なの」
「ちょっと待ってよ。何を都合いい事いうの。最初に嫌がらせをしたのはあなたじゃない。そのせいで流れでこうなってしまったんじゃないの。それを今更、自分は関係ないってどういうことよ」
「だから、謝りに来たの」
「えっ?」
「どんどんといじめが大きくなってきたのが目についたから、全てを自分のせいにされるのはいやだわ」
「何、それ、結局は責任回避じゃない。あなたが謝って自分だけがせいせいするだけじゃない。それで許されると思うの? 馬鹿にしないで」
 紫絵里は瑠依を押しのけた。
 その時、瑠依はバランスを崩しヨタついて机にぶつかり、その拍子に床が派手に擦れた音がした。
 ぱらぱらとクラスに残っていた生徒がその様子を遠くから見ていた。
 真理もその中の一人だったので、急いで紫絵里の許へ駆けつけた。
 位置がずれてしまった机を直している瑠依を横目に、紫絵里は教室を出ていく。
 真理もついていこうとしたが、瑠依の目に溜まった涙を見ると足が止まった。
「柳井さん……」
 小さく声を掛けると、瑠依は真理の方向を見てハッとし、慌てて目を擦った。
 真理は見なかったことにして、紫絵里を追いかけドアから出て行った。
 瑠依は、教室の出入り口をぼーっとして眺めていた。
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