第四章


 あの送り主の男に感じた違和感と鳥笛を手にしたときの事をキャムは二人に説明する。
 ジッロは半信半疑でいたが、キャムの感じた直感を信じてやりたいと思う気持ちが次第に勝っていった。
 マイキーは冗談の類として軽く聞いていたが、何をしでかすか分からないキャムの行動を振り返れば、また変なことしでかしそうな不安が募っていった。
「で、キャムはどうしたい訳?」
 優しく聞いたマイキーではあったが、首を突っ込んで欲しくない気持ちがかすかに含まれている。
「どうしたいっていっても、どうすればいいんでしょう」
「だからさ、キャムはあの時の荷物に違和感をもったんでしょ。何かやばいものが含まれていて、本当はあの男は送りたくなかった。しかし、送らなければならない理由があって、それがあの女の子の治療と何か関係しているっていいたいんだろ」
 ジッロが代弁してやる。
「そしたら、お金の為に送ってはいけない荷物を送らざるを得なかったってこと?」
 マイキーも続けた。
「そうです。ネゴット社のスポンサーがついてるってあの看護師さんも言ってましたけど、もろそれって僕達が届けた先ですよ。絶対何かの繋がりがあるんだと 思います。あのおじさん『太刀打ちできないものは屈するしか方法がない』とか言ってました。それってなんか脅迫されてやってるようなイメージです」
「だから何を脅迫すんの? それにネゴット社があの女の子を人質にとってるとでも言うの? その割には待遇良さそうだったけどな」
 マイキーはよく分からないと首を傾げていた。
「キャムが言いたいのは、あの女の子の治療費と引き換えに、あのおっさんが送ってはいけないものをネゴット社に送ったってことなんだよ。そりゃ娘の病気が 治るんなら、父親は何だってするだろうね。ただその荷物が何なのかがわからないけどさ。だけど、それは俺たちには関係ないことだぜ」
「でも……」
 キャムはジッロのように関係ないとは割り切れない。
 何かがひっかかって、曇った顔つきになった。
「とにかく、ここでとやかく言っても仕方がないだろう。腹も減ったし、なんか食いにいこうぜ」
「そうだ、そうだ! 遊んでこいって許可貰ったのに、結局まだ何もやってないしね。アレも諦めたから、せめて食欲だけは満たしたいよ」
 マイキーは恥を自虐的に受け取り開き直ってウインクしてわざと話題を振っていた。
 キャムはまた思い出すと、居心地が悪くなり体が強張る。
 だが、なぜあれだけ行動に走ろうとしていたマイキーが急に諦めたのか不思議でならなかった。
 
 外は、雰囲気作りのための偽の夕暮れ時の光に包まれていた。
 街のネオンが濃くなり、辺りは色とりどりに派手な表情を見せ、そのちかちかした光を浴びながら、三人はレストラン探しをしていた。
 遊べなかった分、せめて食事だけは豪勢にしようとジッロとマイキーは言ったが、キャムは乗り気になれなかった。
「やっぱりクレート抜きでおいしいものを食べるのは抵抗があります」
「何言ってんだよ。クレートはキャムのためにってカードを渡してくれたんだぜ。遠慮することないって。全然使わない方がなんかその行為を無駄にしてクレートがかわいそうだぜ」
「そうだよな。ジッロのいう通り。クレートは見かけは冷たそうだけど、心はものすごく温かい奴だから、こういうところが気配りできるんだよね。クレートが キャプテンに選ばれたから、俺は自らこのプロジェクトに志願したんだ。クレートじゃなかったらこんな試練、自らやろうなんて思わなかったもん」
「ああ、全く同じ気持ちだ。あの時、会長が決めた選出者は一杯いたけど、皆、いざ宇宙に出るかというとき、怖気ついたんだよな。命の保障はなかったし、失 敗するっていう気持ちの方が大きかった。それならまだコロニー内でぬくぬく生きてた方がいいって言う奴ばかりだった。そんなの見てたら腹が立ってきて、俺 は名乗り上げた。でも会長がいい顔しなかったんだ。なんせ俺、短気だからそれこそ失敗するとか言い出してさ。でもクレートが『ジッロが来てくれるなら 100人力だ』って薦めてくれて、俺嬉しかった。必ずクレートを守ってやるって思ったぜ」
 二人の話は、キャムの心にも訴えるものがあった。
 自分が思ったまま、感じたままのクレートの姿が二人の話からも自然と浮かんでくる。
「クレートって二人に慕われてすごい人なんですね。僕、なんだか憧れ……」
 いいかけた時、キャムはドキッとしてその後が知りきれトンボとして終わってごにょごにょとしてしまった。
「ほらほら、クレートのことは気にすることないからなんでもいいから食べに行こう」
 マイキーがキャムの肩を気軽に抱いて歩きだすと、それを見ていたジッロの眉根が無意識に少し狭まっていた。
 まるで気に食わないとでもいうかのように。
 そして、いざ何を食べようかと意見のいい合いが始まると、ジッロもマイキーもそれぞれの食べたいものがかみ合わない。
 キャムがどちらかの支持をすることで決着をつけようとしたものの、キャムは遠慮してどちらも選べなかった。
「じゃあ、キャムの食べたいものっていうことでいいじゃないか。キャム、早く決めろ!」
 腹が減ってるせいで、マイキーの気が荒くなってきた。
 それに比べてジッロは短気な割にはなぜか大人しく、キャムに気を遣っている。
「気にすんな。ゆっくり選べ」
 いつもなら片方の口角を上げて、気障で生意気な笑い方をするジッロが、気取ったふりもなく優しく微笑んでいた。
 却って、なんだか落ち着かず、キャムは焦ってしまう。
 その間も、ジッロとマイキーはお互いの妥協点を見つけようと目に付くレストランを指差して話し合っていた。
 その時、周りをキョロキョロしながら男がキャムに近寄ってきた。
「さっきから、何かを探してるみたいだけど、もしかしてこれか?」
 男は口元を指先二本でおさえ、その動作を数回繰り返した。
 キャムには物を食べているように見え、レストランのことだと思ってしまった。
 疑問もなく頷くと、男はいっそう周りを気にして、そして着ていたジャケットの内ポケットから小さな包み紙をだした。
 キャムは訳が分からず、キョトンとしていると、ジッロとマイキーも近寄った。
「おっさん、それもしかして、アレか」
 ジッロの顔が歪んでいた
「そうさ、上玉だぜ。安くしとくぜ」
「俺たちはそんなのいらないの」
 マイキーが嫌悪感露に睨んでいた。
「ちぇっ、なんだよ。この子がいるって言ったんじゃないか。冷やかしで返事すんなよな」
 怪しげな男は憤慨して、そして去っていった。
「今のなんだったんですか? 僕、てっきりレストランを教えてくれるのかと思ってました」
「キャム、ああいうのこそ、気をつけろよ。それこそ、怪しいもの売りつけてんだから」
 ジッロが心配する。
「でも僕、何も怪しく感じなかったです」
 堂々と商売の為に売ろうとしている行為は、ポジティブな部分しか感じられず、疑い深くなれなかった。
「まあいいさ。俺たちもあのジュドーから話聞かなかったら、何のことかわからなかったしね。あれはヤバイ薬なんだよ。嫌な事が忘れられて気分は良くなるら しいんだけど、癖になってしまうとそれに頼らなければ生きていけないらしい。そうすると思考能力も落ちて廃人の道を辿ることになっちまうんだって」
「ああいう薬使ってると、馬鹿になるってことさ。でもあの薬に犯された奴は、それを手に入れる金を稼ぐために犯罪に走ったり、体を売ったりとなりふり構わ ないらしいぜ。その話を聞いて、マイキーは興ざめしちまったんだよ。そんな薬のために、その、ほら、あれだ、デートして稼ぐっていう行為のことさ。な、マ イキー」
 またキャムがびっくりしてストレスを感じないように、ジッロはマイルドに伝えようとしていた。
「おい、それを俺に振るなよ。反省してんだから。それにな、そういう女達は客を得たいがために、顔を人工的に変えたりしてるんだとさ。それも興ざめの原 因。俺は自然な美が好きだし、それに顔の美しさって心からにじみ出るもんだろ。そんな薬浸けになった女となんて、その、ほら、あれ、デート、なんてしたく ないしな」
 キャムは黙って聞いていた。
 マイキーの興奮が冷めた理由は分かったが、そんな薬がここでは蔓延り、人々が崩れて行くのが物悲しく感じてしまう。
 先ほどの怪しげな男がずっと先で他の誰かに声を掛けている。
 世の中の嫌な部分を見たキャムの目は虚ろになり、鮮やかなネオンに照らされている街並みさえも灰色に見えてきた。
 突然宇宙の中で一人ぼっちになった孤独感に苛まれて、沈むように落ち込んでいった。
inserted by FC2 system