第五章


 会場のロビーではごった返して人が溢れる中、チケットも持たないでどうやってボックス席に行けばいいのか、ジッロとマイキーはキョロキョロしていた。
「おい、こんな混雑した中でどうやってジュドーと連絡とるんだよ」
「ジッロがちゃんと聞かないから、段取り悪いな」
「なんで俺一人が悪いんだ。マイキーだってその場にいただろうが」
 二人のいつもの言い合いが始まると、キャムはすぐに収拾つけようと二人の間に入り込む。
「じゃあ、僕どうしたらいいか訊いてきます」
 ジッロが持っていた名刺をさっと取り、キャムは人ごみの中に入っていった。
「おい、キャム、待てよ」
 ジッロは後を追いかけようとしたが、小柄なキャムがスムーズに人の波をよけて行くのとは対象に、すぐにぶつかりそうになって邪魔されていた。
「ここはキャムに任せた方がいいんじゃない。ちょっと待っておこう」
 マイキーはジッロの腕を取って、人の波から引き戻した。
 キャムは人の間をすーっと抜けていく。
 建物自体が丸い円状なために真っ直ぐ行けば自然とカーブになって曲がっていた。
 ここまで来るとクレート達の場所が見えなくなっていた。
 その先の別の入り口付近で、コンサートのスタッフが入場者のチケットを確認している姿が目にはいった。
 そこをめがけて近づく。
 誰もが忙しく声を掛けられる雰囲気ではなかったが、一人だけスタッフの仲でも責任者らしく周りに神経を尖らせている人を見つけた。
 その人の側に寄り、キャムは貰った名刺を見せながら自分の立場を説明した。
 その責任者は、キャムを厳しい目で見てすぐに通信機械を口にあて誰かと連絡を取り合った。
 その行為はジュドーと連絡を取ってくれてると思い、一安心していた。
 これでなんとか連絡がつくと思ったのも束の間、二人のがっしりとしたボディガードが突然現れ、有無も言わさず両腕とってキャムは持ち上げられた。
「えっ、あの、ちょっと待って下さい」
 キャムは突然のことにびっくりして、持ち上げられたまま、足をじたばたさせるも、二人の力強い男にがっしりと捕まれては抵抗しても無駄だった。
 そのままなす術もなく、外に運ばれたが、そこで放りだされるだけかと思ったら甘かった。
 突然電子手錠を掛けられ、他の男に受け渡された。
「あの、何かの間違いじゃないんですか。僕何も悪いことしてません」
 両手の自由を奪われ、キャムはバンの中に放り投げられるように乗せられた。
 他にも二人の少年少女がキャムと同じように手錠を掛けられ、横すわりの座席にかけていた。
 床に転がり、痛みを感じて顔が歪んだが、すぐに立ち上がり抗議しようと出入り口のドアに向かうも、無常に閉められて取り付く島もなかった。
 キャムの顔から血の気が引いた。
 完全に摑まってしまった。
 一体なぜ、こんなことになるのかさっぱり訳が分からないだけに、驚きすぎて声が全く出てこない。
 そうこうしているうちに、車は動き出し、地面から浮いた。
 再びキャムはその反動で尻餅をついてしまい、床の上で呆然としていた。

「キャムの奴、何してんだよ。遅いじゃないか」
 ジッロは少し心配になってくる。
 人にぶつかってでも後を追いかけるべきだったと後悔していた。
「まさか、迷子ってことになってないよね」
 マイキーも不安になってきた。
 一番不安を感じていたのはクローバーだった。
 一時も離れてはならなかったのに、こんなにあっさりと離れてしまったことに自分の無能さを感じている。
「私が見てくる」
 クレートがキャムの行った方向を目指そうとしたとき、前方からニコニコと笑って男が近づいてくるのが目に入り足が止まった。
「あっ、ジュドー」
 ジッロとマイキーが声を上げた。
「あー、よかった。ここでしたか。すみません、ゲートの番号を言うのを忘れてしまって。それで急に思い出して迎えにきました。こちらの二人はお知り合いの方ですね。初めまして。ジュドーと申します」
 ジッロは代表して、クレートとクローバーを紹介するも、キャムの事が気になり心ここにあらずだった。
「あれ、キャムはどうしたんですか?」
「それが、ジュドーと連絡取ろうとして、誰かに訊きにいったっきりまだ戻ってこないんだ」
 ジッロが答える。
「それじゃわしと行き違いになってしまったのかね。とにかくこの建物の中に居る限り、迷子になっても大丈夫。そろそろ開演で人も会場入りするし、ロビーも空いてくるから心配ないだろう。とりあえずスタッフに連絡入れておこう」
 ジュドーは持っていた通信装置を取り出し、話し出した。
「これで大丈夫です。見かけたら私のボックス席に案内するように伝達しておきました。ここで待ってるのもなんですから、皆さんどうぞ先に入って下さい。食事の用意もしてありますよ」
「私が待っておりますので、皆さんは先に行ってて下さい」
 クローバーが言うと、クレートが首を横にふった。
「いや、ここは私が適任だ。クローバーではもしもの時に何かあっては困る」
 アクアロイドなために、正体がばれれば危ういとの判断だった。
 クレートは自分がここに残るといって、ジッロたちをジュドーと一緒に行かせた。
 ジュドーは後からクレートとキャムが会場へ入れるように再度スタッフに連絡をしておく。
「それじゃ、私の名前を言えば入れる手配をしておきました」
 本当ならジッロもマイキーも自分が待ってやりたかったが、クレートが先に言い出した以上、任せるしかなかった。
 それに折角の好意で招待されてるだけに、ホスト役のジュドーの顔を立てるためにも自分達が先に会場入りをしていた方が礼儀だった。
 クレート以外は先に会場に入って行く。
 クローバーは最後まで何度も振り向いて落ち着かない態度ではあったが、クレートを信じることにした。
 ロビーにいた人の数がどんどん減って行く。
 キャムがもしこの建物の回りにそって歩いているのだとしたら、円になっている以上またここへ必然的に戻ってくる。
 それか引き返してくるのかもしれない。
 クレートは左右どちらも交互に見て、キャムを探してた。
 やがて人々が会場入りして、ロビーはほんのわずかな人間達だけがたむろし、視界がかなり先まで見渡せるよう広がった。
 それなのにキャムの姿が一向に見えてこない。
 クレートはこれが異常だと気づいたとき、ロビーを走っていた。
「もっと早く気がついているべきだった」
 不安と焦りが顔に滲んでいた。
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