第八章


 マイキーが口笛を吹きながらご機嫌に操縦している様は、月にいけるワクワク感が高まって抑えられないでいるようだった。
 ジッロも目の前の台を指で叩いてそれに合わせたビートを演出していた。
 月に着くまではキャムの奪い合いは一時休戦になった様子だった。
「あの、月に行く事をそんなに楽しみにしてるんですか?」
 キャムが二人に話しかけると、満面な笑顔がすぐに向けられた。
「まあね、あそこはネオアースの入り口みたいなものだからね。どうしても心疼いて反応してしまうのさ。そんなところへ自分が船を操縦できると思うと、夢が一歩近づいたって感じさ」
「そうそう。月は実績を確実にあげられる場所だからね。ネオアースへの信用度が高くなるって事。こんな小さな船がそこへ行けるんだぜ、喜ばずして何になるんだ」
 二人は完全に浮かれていた。
 だが、クレートはジッロとマイキー程、感情を表してはいない。
「でも、クレートは普通ですね。いつもと変わりません」
「ん?」
 突然話を振られ、クレートはどう対応していいのかわからなかった。
「クレートだって、もちろん喜んでるさ。この人の場合、なんでも腹の底に隠すんだよな。素直に感情を表現できないというのか……」
 マイキーがそこまで言えば、後はジッロが続けた。
「プライドが高いというのか」
「おいおい、好き勝手に言ってくれるじゃないか。しかし、どこかで歯止めがかかるのは私の気質だ。この宇宙では慎重にならざるを得ないかならな。油断をしないようにしてるだけさ」
 上に立つものはむやみに感情に左右されてはまとめることもできない。
 その辺は誰もが理解していた。
「だからこそ、クレートは俺たちをうまくコントロールして、この船のキャプテンに相応しいのさ。考えてみろよ、ジッロがこの船のキャプテンだったらさ、挑発されたらすぐに攻撃しかけて挙句の果てに撃沈されてるぜ」
「マイキーだって同じことだろ。海賊なんかに襲われたら、ヘタレで白旗揚げて降参ばっかりしてるところだ」
「でも、あまり無理をしないで下さいね。クレートは責任感が強すぎて、すぐ背負い込んでストレス溜め込んでそうです」
 キャムの心配する声に、クレートは素直に反応する。
「そうでもないさ。それなりに色々と楽しんでるさ」
 静かに笑みがこぼれていた。
「一体、何をこの狭い船の中で楽しんでんだよ。娯楽なんてないに等しいじゃん」
「そうだよな。マイキーはせいぜい好きな船の運転で何とか気が紛れるだろうし、俺なんて射撃で発散できるけど、クレートは何で気が紛らわせるんだよ」
 クレートは含み笑いをするように何も話さなかった。
 クローバーがふと振り返ってクレートを見つめる。
 なんとなくクローバーには理解できるような気がした。

 宇宙の出来事を伝えるニュースをクレートが見ていたとき、気になる記事を見つけて皆に伝えた。
 セカンドアースのネゴット社を、ボルト社が買い取ったというビジネス的な話だった。
「へぇ、ボルト社っていったら、ジュドーのことじゃないの?」
「すげー、あのジュドーってやり手だったんだ。びっくりだぜ」
 二人ともお互い見つめて驚きを分かち合っていた。
 キャムはジュドーのことよりも、子供達を守ろうとしていたカラクのことを考えていた。
「そうなると、あのストリートチルドレンたちは大丈夫なんでしょうか。少なくともネゴット社はカラクさんの要求を呑んでたから、暗黙の了解で守られてましたし」
「何も心配することないじゃん。これから俺たち月にいくんだぜ。直接ジュドーに会えるじゃん。ジュドーはキャムに借りがあるんだろ。だったらキャムがその事を交渉すればいいだけさ。あのジュドーなら話を聞いてくれるって」
「そうだよな。その手があったか。マイキー、なかなか冴えてるぜ」
 キャムも頼んでみる価値はあると、顔が明るくなる。
 しかし、クレートはニュースの記事を見て深く考え込んでいた。
 ネオアースの息がかかっていたネゴット社が簡単に買収されたことに疑問を持つ。
 ボルト社がそれ以上の力を持たない限りありえない。
 ネオアースはジュドーに何らかの利点を見つけて、それでネゴット社を落として交替させたに違いない。
 油断のならない部分を感じていた。
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