第三章
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三者面談の日。お母さんは先生の前で恥ずかしくないようにと少しおしゃれをしていく。
それが僕のためにでもあったので、少しばかり嬉しい気持ちになった。
いつも弟の事を考えているお母さんが、この時だけは僕の事を考えてくれている。
喜ばないはずがない。
「志望校はどこだ?」
広い教室の真ん中で机を寄せ集めた席に向かい合わせに座った担任が訊く。
かしこまって僕の隣に座っているお母さんも、僕が何を言うのかじっとみていた。
僕は「南甲高校」と答えた。
どんな高校か分かってない母は、その後担任の様子を窺った。
「なかなかいい選択だと思う。だが、合格ラインを考えると少しギリギリになってしまう。もうちょっとレベルを下げはどうだろう。飛翔国際高校はどうだ。地元で近いぞ」
そこもいい高校だと噂では聞いていた。僕はちらりとお母さんを見てみた。
目が合ったけど高校のことはわからなさそうに、無責任に軽く頷いていた。
「これと言って別に悪いところはなさそうだし、先生が仰るなら……」
僕がそこにしますといい終わる前に担任は口を挟む。
「ああ、そうしろ。ここだったら確実に受かるはずだ」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
「それで、飛翔でも必ずサッカー部に入るか?」
「えっ?」
唐突に聞かれて面食らっているとお母さんはサッカーと言う言葉に反応した。
「もちろん入るわよね。サッカー部」
僕は何も考えずに「はい」と返事していた。
母の望むことをするのは僕には当たり前のことだから。
「それでいい。同じ地元だから、小渕のサッカーの活躍を知って飛翔国際高校からうちに打診があったんだ。サッカー部に入ってくれるならスポーツ推薦を押し
てくれた。でも小渕の成績なら一般で受験しても全く問題ない。寧ろ一般で受けた方が小渕のためだと思う。実力を見せつけてやりなさい。サッカーも勉強もで
きるという実力を」
「はい……」
その時お母さんは隣でニコニコしていた。
僕がサッカーを続ける事を喜んでいる様子だ。
これでいいんだと僕も普通に思っていた。
僕が飛翔国際高校を受けると知った友達は、サッカーで強い高校だから僕に合っていると言ってくれた。
それがいつの間にか、サッカー推薦枠に話が摩り替わって、僕はサッカーを認められたからスポーツ推薦を受けられるという話に変わっていった。
一般入試だと言ったところで、一度広まった噂はすぐには消えてくれない。
僕がどうやってどこを受けようが、卒業したらばらばらになってしまうどうでもいい人たちが言っていることなど知ったことじゃない。
別に否定もしなかった。
そんな時、僕と同じ高校を目指す人がいた事を知った。
あの女の子だ。一緒に受かるといいなと僕は思っていた。
でも廊下であの子とすれ違うと、いつも睨まれているように感じた。
僕がじっと見た事で悪い印象を与えてしまったのだろうか。
僕は彼女とすれ違うといつも緊張した。